ご飯と一緒に海苔を食べる時に感じる香りは、私達に子供の頃の遠足や運動会のお弁当を思い出させます。何年、何十年たってもよい香りは以前経験した懐かしい記憶を呼び起こします。海苔の香りは一体どのような成分(化合物)で成り立っているのか、素朴な疑問がわいてきす。海苔の香りを突き止めようとした研究は過去にいくつかありますので、それらの結果から海苔の香りを紹介します。
海水浴や旅行で海岸に行くと、独特な磯の香りに気がつく人がたくさんいます。その主な原因物質はイオウを含むジメチルスルフィド(図1に構造式を示します。以下同様です。)という物質であることが分かっています。この物質は空気中への揮発性があり、主な発生源は海藻です。面白いことに、ジメチルスルフィドは海藻の細胞の中では、香りがない別の物質のジメチル-β-プロピオテチン(図2、胃潰瘍防止効果があります。)として含まれています。
お好み焼きやタコ焼きの上にかけられているアオノリやアオサをはじめとし、その他の緑藻(りょくそう)に特に多く含まれています。緑藻が傷ついたり、海岸に打ち上げられたりすると、葉体内の酵素によってジメチルスルフィドに変わります。この匂いは海苔の香りとはかなり異なるので、海苔特有の香りを調べる研究がなされてきた訳です。
これまでの研究では、海苔の揮発性成分を精密分析にかけると100種類以上の物質が見つかっています。その中で海苔の香りに関係しているとされる物質は、図3、図4、図5に示したカロテノイドの分解物(通称ノルカロテノイドといいます。)を主成分として、以下に述べるいずれも少量の蟻酸(ぎさん)、酢酸などの有機酸類、図1以外のイオウ化合物、バレルアルデヒドや長鎖アルデヒド、α-リモネンなどのテルペン類、各種アルコール類であるといわれています。数種類の物質が香りの主な物質である緑藻とは異なり大変複雑なものです。
海苔以外では、私たちの主な食用海藻である褐藻(かっそう)のワカメとコンブの香りはどのようなものから成り立っているのかが調べられています。
ワカメは香りが比較的弱い海藻ですが、それでもワカメらしい香りを出す物質はあります。それはキュベノールと呼ばれる物質で図6に構造式を示しました。
一方、コンブでは図7、図9の物質が主で、図8の物質もわずかにあります。ワカメで見つかる図6の物質はコンブでは非常に少なくワカメの1/10程度です。このように同じ褐藻でもワカメとコンブでは香りの物質はかなり異なります。まして、海苔とは大変異なっています。香りの物質の量比が異なったり、物質そのものが異なることは、それぞれの海藻の香りが異なる原因です。