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リレーエッセイ 2019・秋
「ところてん(心太)」との出会い 1/2/天野 秀臣
はじめに

毎年夏になると学生時代のある出来事を思い出しながら「ところてん」を食べています。その出来事とは、大学4年の秋に受験した大学院修士課程の入試です。当時は試験科目も多く、学力検査は語学、一般生物学、一般化学、専門4科目の合計7科目を2日間で行い、3日目は面接です。学力検査は順調に進み、2日目の最後の「水産植物学」になりました。気分的にも楽になり勇んで問題の封筒を開けたところ、3問ある問題の一つが「心太について説明せよ。」でした。これが私と「心太」との初めての出会いになりました。

図1. 酢醤油と海苔で食べる「ところてん」。辛子を加えることもある。
図1. 酢醤油と海苔で食べる「ところてん」。
辛子を加えることもある。
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私はそれまで卒業研究で、魚を配合飼料で育てるには、どのようなビタミンをどの程度加えたらよいかを調べていました。当時は配合飼料開発の黎明期で、多くの知識を生物化学、栄養化学、分析化学などの化学関係から学ばなければなりませんでした。水産植物学は講義で海藻の初歩的な勉強をしただけでしたので、「心太」の読み方すら知りませんでした。結果としてその解答欄は空白となりました。試験直後に大学正門前の古本屋で調べると、心太「ところてん」とありました。「ところてん」なら分かったのにと体中の力が抜けたような感じがしました。しかし総合点がよかったのか入試には合格し、その後魚類ヘモグロビンの構造研究をしていました。2年後に博士課程への進学を兼ねた修士課程の最終試験では、「心太」を出題された藻類学の先生のご質問の意味がよく理解できませんでした。曰く、「君、さっきのあの数値はなぜそうなの?」。分析結果の数値はいくつもあったため、どの数値のことか不明確で禅問答のようになってしまいました。幸い他の先生方のご質問には適切に答えることができ、試験は合格となりました。この時以来、毎年夏には「心太」の入試問題とその先生のお顔を懐かしく思い出し、この時以来好物となった「ところてん」(図1)を楽しんで食べています。

図2. 乾燥した晒“テングサ”
図2. 乾燥した晒“テングサ”
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「ところてん」は、平安時代に遣唐使によって唐から伝えられたとされる、歴史のある食べ物です。現代では手軽に食べられる「ところてん」が食料品店で売られていますが、原料の“テングサ”から手作りすることもできます。その概略は、50gの乾燥した晒“テングサ”(図2)を水洗いし、水切り後、1.5リットルの水と小さじ2杯の酢とともに鍋で40~50分煮ます。金属製のザル、次いで布で漉し、ろ液を型に入れて室温で固めます。固まったものを「ところてん突き」という器具で麺状に突き出して出来上がりです。水と酢の量を増減すれば好みの「ところてん」の硬さにできます。手作りは面倒ですが、自分好みの「ところてん」ができるので、一度経験するのもよいものです。私の好きな食べ方は酢醤油で、きざみ海苔か青海苔をのせ、時にはさらに辛子も加えます。二本の割り箸で啜ると、少しむせますがそれも愛嬌です。義父は名古屋生まれの名古屋育ちなので、「ところてん」は一本箸で食べるものと言いましたが、それはなかなか難しく、私は今も二本箸で食べています。家人には「一本箸で食べるもの」と笑われます。「たれ」は二杯酢、三杯酢、黒蜜、カツオ出汁など各地にいろいろあり、食の多様性には感心します。暑い夏の食欲のないときや夏場の水分補給には清涼感が楽しめる一品です。微かに感じる磯の香りは、硫黄を含む揮発性物質のジメチルスルフィドや他の多くの化合物から成り立っています。磯の香りは「ところてん」につきもので、私は大好きですがそれが苦手の人もいます。

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