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リレーエッセイ 2022・冬
光る藻類 1/2
はじめに

「光る藻類」というと,ヒカリモという黄金色藻の一種がそのままの名前であるし,ヤコウチュウ(夜光虫)やそのなかまの渦鞭毛藻の発光もよく知られている。また,藻類の葉緑体や褐藻の遊泳細胞の鞭毛に紫外線や青い光を当てると,それぞれ赤や緑の蛍光を発する。一方,ヒラワツナギソウやシワヤハズなどの海藻は,海中で青や緑色に光っているようにみえたり,見る角度によっては本来の色とは全く違う色に見えたりする。
これらの現象はいずれも一般に「光る」という言葉で表される。しかし,それらが光って見えるメカニズムは多様であり,そもそも「光る」という言葉の意味するところはかなりあいまいである。たとえば,次のような文章はどうだろう。「月はなぜ光るのですか? 月は明るく光っていますが,自分で光を出しているわけではありません」。「光る」ということと「光を出す」ということは,本来同じことのように思うのだが,実際には月のように「光を反射することでまわりより明るく見える」ことも「光る」と表現されている。これは,われわれの目で見たとき,ある部分がまわりより明るく見えれば,それ自体が光を発していても,あるいは別の光源からの光を反射しているだけでも,それらを区別することは難しいので仕方ないのだろう。
前置きが長くなったが,ここではさまざまな「光る藻類」とそのメカニズムについて紹介する。

発光

「発光」は太陽のように自ら光を発している現象で,生物でもホタル(昆虫),クシクラゲ(腔腸動物),ホタルイカ(軟体動物),チョウチンアンコウ(魚類),ツキヨタケ(菌類)などさまざまな種が発光する。しかし,陸上植物や海藻などのように,もっぱら光合成によって生活している生物で自ら発光する種は知られていない。光合成を行う藻類で唯一知られているのは渦鞭毛藻のなかまであり,Lingulodinium polyedraPyrocystis lunulaなどの種は強い波などの刺激を受けると,自ら青白い光を発する (図1a, b)。その名も虫であるヤコウチュウ(Noctiluca属)は従属栄養だがこのなかまであり,発光のメカニズムも共通している (図1c, d)。これらの渦鞭毛藻は細胞の中にたくさんのシンチロンと呼ばれる小さな顆粒を含んでおり,その中にある渦鞭毛藻型のルシフェリンとルシフェラーゼによる酵素反応で発光する。また,Lingulodinium polyedraでは,発光を担うシンチロンの数が時間帯によって変化し,夜間は多く,昼間は少ないことが知られているが,これらの渦鞭毛藻の発光がどのような役割を持っているのかについては良くわかっていない。

図1 発光する渦鞭毛藻 Pyrocystis lunula(NIES-609株)の明視野画像 (a) と青い発光 (b) [国立環境研究所微生物系統保存施設提供];ヤコウチュウの暗視野画像 (c)と赤潮 (d).

図1 発光する渦鞭毛藻 Pyrocystis lunula(NIES-609株)の明視野画像 (a) と青い発光 (b) [国立環境研究所微生物系統保存施設提供];ヤコウチュウの暗視野画像 (c)と赤潮 (d).
蛍光

「蛍光」は,短い波長の光(励起光)を吸収して励起された物質が元の状態に戻るときに励起光より長い波長の光を発する現象で,照射された光(励起光)より放出された光(蛍光)が目立つ場合は光っているように見える。たとえば,ブラックライトと呼ばれる長波長の紫外線は人間の目ではわずかに見える程度だが,この光を照射したときにその物質が青い光を発すると,人の目はより感度が高いことから強く光っているように見える。このような蛍光現象は海藻類でも広く見られ,葉緑体に含まれるクロロフィルは,自然光に含まれる紫外線や青い光を受けて赤い蛍光を発している。しかし,野外や室内などの通常の環境では赤を含むさまざまな波長の光があるため,ことさら光っているようには見えない。一方,蛍光顕微鏡では,励起光だけを対象物に照射し,蛍光以外の波長の光を吸収することで,蛍光だけを観察できる。このため,藻類などの細胞でも蛍光顕微鏡で青い光を照射して観察すると,クロロフィルの赤い蛍光で,葉緑体の形がよく観察できる (図2a–d)。また,本来は蛍光を出さず,また無色で通常の観察では見ることができない物質でも,蛍光染色剤で染めると蛍光を出して光るようになり,その物質がある場所が確認できるようになる。例えば,遺伝子であるDNAは無色でそのままでは見えないが,DAPIという染色剤で染めると青白く光り,核や葉緑体に含まれるDNAの分布を観察することができる (図2a, b)。
さて,藻類のうち褐藻の遊泳細胞は一般に細胞の側方から生えた2本の鞭毛を持っているが,前方に伸びる鞭毛(前鞭毛)にはマスチゴネマと呼ばれる毛が生えており,この鞭毛を波状に動かすことで回転しながら前進する。一方,後方へ伸びる鞭毛(後鞭毛)はマスチゴネマを持たず,大きく屈曲することで細胞が進む方向を変える舵の役割を果たしている。そして,褐藻の遊泳細胞に蛍光顕微鏡で紫や青の光をあてると,2本ある鞭毛のうち,後ろ側の1本だけが強い緑色の蛍光を発する (図2c, d)。この様な鞭毛の蛍光は,遊泳細胞が光の方向を検知してそちらの方へ泳ぐ,あるいは逃げる方向へ泳ぐ走光性というメカニズムに関係しており,同じ褐藻類でも走光性を退化させたコンブ類の遊走子や精子では鞭毛の蛍光も見られない。また,褐藻以外でも褐藻と系統的に近縁の多くの不等毛藻類も緑色の蛍光を発する鞭毛をもっており,その化学的な性質について調べられているが,その機能については未だ明らかになっていない。そもそもこの後鞭毛の蛍光が「光る」ことになにかの役割があるのか,それとも何らかの反応の副作用として光っているだけなのかも実は良くわからないのである。すなわち,クロロフィルが発する蛍光は,光合成のために光のエネルギーを取り出した結果であり,その蛍光がなにかの役割を果たしているわけではない。同じように鞭毛が光ることは,何かの反応の結果であり,特に役割が有るわけでは無いのかもしれない。

図2 蛍光染色剤 DAPI により染色したらん藻ユレモ (a) と褐藻シオミドロ目の一種の細胞糸 (b). 細胞質または葉緑体内のクロロフィルが赤い自家蛍光を,核域,核,葉緑体縁辺部のDNAがDAPI染色による青白い蛍光を発している;褐藻の単子嚢内 (c) と放出された遊走子 (d) の葉緑体(赤)と後鞭毛(緑)の自家蛍光.

図2 蛍光染色剤 DAPI により染色したらん藻ユレモ (a) と褐藻シオミドロ目の一種の細胞糸 (b). 細胞質または葉緑体内のクロロフィルが赤い自家蛍光を,核域,核,葉緑体縁辺部のDNAがDAPI染色による青白い蛍光を発している;褐藻の単子嚢内 (c) と放出された遊走子 (d) の葉緑体(赤)と後鞭毛(緑)の自家蛍光.

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