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リレーエッセイ 2021・秋
essa北海道の不思議なコンブ“エンドウコンブ” 2/2 有賀 祐勝
仲間から離れてひっそりと生きる

エンドウコンブは、遠藤先生が1908年に室蘭で発見した標本を宮部先生が調査し新種としたものです。室蘭港から伊達市有珠周辺にかけての静穏域に生育しており、葉状部は長さ50から100cm程度の皮質で粘性に富み、褐色がかったオリーブ色をしています。繊細な繊維状根を持ち、水深10から25m程の深いところで、小石や貝殻に着生して生活する変わり者です。私が初めて見た個体は、遺伝子情報を得るために室蘭追直の漁港内で北水試の奥村裕弥さんに潜水採取してもらったもので、採集直後は海底の泥にまみれていましたが、汚れを洗い流してみるととても美しいその姿を見せてくれました。

エンドウコンブは、チヂミコンブやカラフトトロロコンブ、シコタントロロコンブと似ていることから、以前からそれらとの関係性が指摘されてきました。確かに、先に記した室蘭で得た個体も、羅臼や根室で採集したカラフトトロロコンブに似ています(図1)。分子系統解析*1を行ったところ、やはりチヂミコンブやカラフトトロロコンブとは近縁で、ガッガラコンブを含めて高い信頼性で単系統になることが示されました。この系統群に含まれる種は、エンドウコンブを除いて道東および道北に主産地を持っています。また、これらと形態が似ているシコタントロロコンブは南千島や歯舞諸島が分布域です。更に、エンドウコンブはSaccharina gurjanovaeの一品種 f. lanciformis(現在はS. lanciformisとして扱われています)とも形態の類似性が高く、分子解析によって互いに近縁であることが示されますが、このコンブはサハリンやカムチャツカ半島、そしてオホーツク海北部の各沿岸に分布しています。

北海道コンブを代表するSaccharinaについては、形態と分子情報の比較をもとに3つの系統グループ:①チヂミコンブグループ(上述の通り、北海道の北部や東部、ロシア極東に生育する種によって構成されます)、②ミツイシコンブグループ(ミツイシコンブ、ナガコンブ)、③マコンブグループ(マコンブ、ホソメコンブ、リシリコンブ、オニコンブ)に分けられ、道内コンブの種多様性はチヂミコンブグループに由来すると考えられています。このチヂミコンブグループも他のグループと同様に、グループ内では各種の分布域は他種のものと隣接するか、または離れていても近い範囲内に存在しているのですが、なぜかエンドウコンブだけが遠く離れてポツンと孤立しています(図3)。胞子(遊走子)としてそのような長距離を遊泳移動するとは考えられないので、船舶か何かによって連れて来られたのでしょうか。その理由は未だ謎であり、今後の解明が待たれます。
*1 rDNA ITS領域やRuBisCO spacer領域の塩基配列比較による

図3 チヂミコンブグループに属する種の分布域

図3 チヂミコンブグループに属する種の分布域
エンドウコンブの愛おしさ

北海道において狭い海域にひっそりと生きるコンブとしては、厚岸湖だけ*2に生えているとされるエナガコンブや、今から50年ほど前に稚内市声問沖で唯一採取されたことがある*3カラフトコンブがあります(図4)。しかし近年の研究から、厚岸湖のエナガコンブに特徴的な茎状部の長さについて、隣接して分布するオニコンブとの間で明確な違いは認められず、特定DNA領域の塩基配列比較や交雑の実験結果を踏まえて両者を同じものとして扱うのが適切と考えられるようになっています。一方、カラフトコンブについては、かつて採集された海域における最近の大規模調査において採取することはできず、付近一帯はリシリコンブ群落やキタムラサキウニが優占する磯焼けが広がっていました。北海道の北部沿岸は暖流の勢力増大に伴う高水温化が顕著ですが、現在に至る環境変化がカラフトコンブの生育を厳しくしたのだと考えられます。

図4 エナガコンブ(厚岸湖産)(左)とカラフトコンブ(稚内市声問産)(右)

図4 エナガコンブ(厚岸湖産)(左)とカラフトコンブ(稚内市声問産)(右)

これらのことから、エンドウコンブはますます貴重な存在であり、今も健気に頑張って生きている姿を見るととても愛おしく思います。気候変動によるコンブ分布域の変化が予測されており、また、人為的な環境悪化によるコンブ藻場の衰退や消失も懸念されるなかで、日本から、そして世界からこのコンブが今後その姿を消してしまうかもしれません。大変珍しいこのコンブが、いつまでも北海道の海で見ることができるように、その生育環境を何としてでも守っていかなければなりません。
*2 今では釧路港内にもこれと似たコンブが見られます
*3 30年ほど前にも稚内市宝来で打ち上げ個体が拾われています

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執筆者

四ツ倉 典滋(よつくら・のりしげ)

北海道大学准教授、北海道大学北方生物圏フィールド科学センター忍路臨海実験所所長、
NPO法人北海道こんぶ研究会理事長、昆布の栄養機能研究会理事、水産学博士

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