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リレーエッセイ 2022・冬
ノリの「バリカン症」と鳥類・魚類による食害 1/2

「一夜にしてノリが網から消えた」「摘採直前まで育ったノリが一夜にして無くなった」「ノリ網が一夜にしてカラになった」などとショッキングな見出しのニュースがしばしば流れるようになったのは1970年代からで、ノリ網に残った葉状体の基部がちょうどバリカンで刈り取ったあとのように見えることからノリ生産者の間では「バリカン症」と呼ばれ、原因究明と早急な対策が求められるようになりました。このようなノリ葉状体の脱落は、当時はノリ養殖の環境である漁場海水の水質と関係が深いノリの病障害の一つとして、“芽いたみ”のような“ノリ芽脱落”現象とともにノリの病気に関する分野での研究対象として注目されました。

「バリカン症」と環境影響

「バリカン症」は多かれ少なかれ全国的に見られ、ノリ網に残った葉状体の切断面を見るとノリ葉状体が刃物で切断されたような外観を呈していることが特徴の一つで、上述のようにノリ網上のノリをバリカンで刈り取ったあとのように見えます。ノリ網が部分的に被害を受けたり、場合によっては網1枚全体が被害を受けるようなことも報告されました。漁場海水の水質、水温、潮流などの異常に関係しているのではないかということがまず疑われました。また、支柱漁場の場合には、潮汐に伴ってノリ網が空中に出たり水中に入ったりする時の温度差が関係しているのではないかと言われることもあり、鳥や魚が「犯人」ではないかという説も少数意見としてありました。

東京湾(千葉県)漁場で行われた「犯人」探しの徹夜観測では、眠気をこらえて見張っていた時、振り返ってみたら先ほどまであったノリ網上のノリが無くなってしまっていたというようなことが報告されたこともありました。

仙台湾、東京湾、三河湾、伊勢湾、瀬戸内海、有明海などの河口漁場、都市排水の終末処理場(下水処理場)や食品加工施設などからの排水が流入する河川に接する沿岸漁場などでしばしば「バリカン症」が報告され、ノリ生産者との紛争も発生しました。仙台湾では終末処理場とノリ生産者との紛争が公害等調整委員会に持ち込まれ、排水に含まれるアンモニア態窒素の濃度が高いことが疑われ、最終的には若干の補償が行われたこともありました。また、下水処理場や食品加工施設のほか、火力発電所の排水も「バリカン症」発生の「犯人」として疑われ、この場合には排水に含まれる残留塩素濃度やアンモニア態窒素濃度の影響が温排水の影響と共に疑われました。下水処理場や発電所の排水は、最終段階で殺菌のために次亜塩素酸が使用されるので、排水の中に含まれる残留塩素が問題視されるのです。また、このような残留塩素とアンモニア態窒素が結合してできるクロラミンという物質もノリ、ヒトエグサ、アオノリなどの成長に悪影響を及ぼすことが報告されています。さらに河口漁場では、河川から流入する淡水の影響と共に水温の急激な変化などもノリの生育に影響を及ぼすことはよく知られています。このように沿岸部を漁場とするノリ養殖は極めて複雑な環境の下で行われているので、「バリカン症」と環境条件との関係の解明は非常に難しいのです。

瀬戸内海(兵庫県)のノリ漁場で発生した「バリカン症」の場合には、近くの火力発電所の排水の影響が疑われ、この紛争も公害等調整委員会に持ち込まれましたが、最終的には排水と「バリカン症」との因果関係は明白ではないということになりました。また、上記クロラミンと「バリカン症」の関係も立証はなかなか難しく、沢山の室内培養試験や漁場調査が行われましたが、室内培養試験ではクロラミンがノリの生育に悪影響を及ぼすことは実証されたものの、「バリカン症」の発生を立証するには至っていません。仙台湾で発生した「バリカン症」は終末処理場の排水が原因であるとノリ生産者が主張する裁判では、クロラミンの影響は残念ながら認定されませんでした。

漁場の海水温の急激な変動や潮汐に伴う干出‐水没の影響などを考慮してノリ網の張り込み水位を変える試験(ノリ網の水没試験)もいくつかの漁場で行われましたが、「バリカン症」に対する明確な対策を導くには至っていません。

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