海の沿岸生態系では、植物プランクトンと共に海藻と海草(アマモなどの海産種子植物)が一次生産者として極めて重要な地位を占めている。海藻の中でも特に大型の褐藻(アラメ、カジメ、コンブ類、ホンダワラ類)が形成する海中林(藻場)は生産力が高く、平均現存量は1~5kg(d.w.)/m2(面積1m2当たり乾燥重量で1~5kg)あり、1年間の純生産量は1~2.5kgC/m2(≒3.7~9.2kgCO2/m2)と見積られる。従って、これに相当する2.7~6.7kgO2/m2・年の酸素が海中林から海水中に放出される。また、このような純生産が行われていることは、海藻の平均的なC:N:P比(213:13.5:1)に基づけば、63~160gN/m2・年の窒素と4.7~12gP/m2・年のリンが海中林によって吸収(海水中から除去)されることを示す。
例えば1haの海中林があれば、この海中林によって1年間に海水中から37~92トンの二酸化炭素と630~1,600kgの窒素と47~120kgのリンが吸収(海水中から除去)され、27~67トンの酸素が海水中に供給されることになる。このように、大型褐藻の群落は、陸上植物群落の中でも生産力が非常に高い群落に匹敵するような高い生産力を持ち、沿岸水域の海水の浄化に大きな働きをしている重要な存在である。しかし、大型褐藻の寿命は最大でも5~6年と短いため、そのままにしておけば、やがては枯死し、分解されて二酸化炭素や窒素やリンが海水中に戻されることになる。すなわち、植食動物の食物として食べられるか収穫(刈取り)などによって海中から除去されない限り真に海水を浄化したことにはならないから、藻場を構成する海藻の有効利用を図る必要がある。
これに対して、沿岸域で行われている海藻養殖では、その対象種であるノリ、ワカメ、コンブ、モズクなどの海藻は食用にするため収穫によって海(養殖場)から陸上へと取り上げられる。したがって、養殖場でこれらの海藻によって吸収された海水中の二酸化炭素や窒素やリンは海水中から取り除かれる(海水が浄化される)ことになる。また、養殖場では、これら養殖された海藻の光合成の結果として酸素が海水中に供給される。
日本沿岸で行われているノリ養殖について、上記のような関係を概観してみよう。日本における近年の養殖ノリ生産量は80~100億枚(乾燥重量にして2.4~3.0万トン)であり、これだけのノリが11月から翌年3月までの5ヵ月間に生産(収穫)されている。単純計算すれば、これだけのノリが光合成によって吸収した二酸化炭素(CO2)は3.53~4.41×104トン、放出した酸素(O2)は2.57~3.21×104トンとなる。すなわち、海でノリが養殖される5ヵ月間におよそ4.0万トンの二酸化炭素が吸収され、およそ2.9万トンの酸素が海に供給されたことになる。また、ノリの窒素(N)含量は乾燥重量のおよそ6.3%、リン(P)含量は乾燥重量のおよそ0.69%であるから、1,510~1,890トンの窒素と166~207トンのリンがノリ養殖によって海水中から取り除かれた(海水を浄化した)ことになる。このように、ノリ養殖によって極めて大量の窒素とリンが沿岸域の海水中から除去されていることは明らかである。すなわち、およそ5ヵ月間のノリ養殖によって沿岸域の海水中からおよそ2,000トンの窒素とおよそ200トンのリンが除去され、およそ2.9万トンの酸素が海に供給されるという形で海を浄化していると言える。
このように、ノリ養殖はノリの成長(生産)に伴って海水中から多量の二酸化炭素・窒素・リンを取り込み、酸素を放出することにより、沿岸海域の浄化に大いに貢献していると言うことができる。また、当然のことながら、ノリ養殖と同じようにワカメ・コンブ・モズクなどの養殖も沿岸域の海水浄化に大きく寄与していると言える。したがって、海の沿岸域における海藻養殖業は、天然のワカメやコンブなどの採取(漁獲)と共に、沿岸域の浄化に大きく貢献している重要な産業である。
執筆者
有賀 祐勝(あるが・ゆうしょう)
一般財団法人海苔増殖振興会副会長、浅海増殖研究中央協議会会長、公益財団法人自然保護助成基金理事長、東京水産大学名誉教授、理学博士