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リレーエッセイ 2016・秋
スサビノリの「スサビ」の由来 2/2/有賀 祐勝

「尻澤邊」に関するいろんな情報も調べてみました。現在の函館市住吉町の浜に「従是西尻沢辺村漁業場」(これより西尻沢辺村漁業場)と彫られた標石があること、尻澤邊村・尻澤邊町などいろんな名前の変遷をへて、合併などもあり、現在の住吉町が成立したらしいこと、明治11年2月9日に住吉小学校が尻沢辺町(現在の住吉町)に開校されたことが彫られた石碑があること、元禄13年(1700)の松前島郷帳に「しりさぶ村」の記述があること、1770年(安永年間)の松前藩の逢坂七兵衛による逢坂氏日記に「尻沢部村」の記述があること、1780年代(天明年間)には尻沢部村が松前藩の明石金兵衛の知行地となっていること、などが分かってきました。また、「箱館戦争資料集」集録文書には箱館に造られた台場のことが書かれており、函館の台場について「尻澤邊台場(しりさわべだいば又はしさびだいば)」の記録があるとのことです。これらのことは、函館地方に「尻澤邊」というところがあったこと、それは現在の函館市住吉町の一部に相当することを示しています。

これらのことから、「すさび」は現在の函館市住吉町にあった「尻澤邊」(尻沢辺)を指すものと判断されます。従って、「スサビ」は「尻澤邊」由来であることに間違いないと言えるでしょう。すなわち、スサビノリという和名は、遠藤吉三郎さんが北海道函館の「すさび」という名の浜で発見したノリにその地名にちなんで名づけたものであるということができます。

なお、「尻澤邊」の読みについては「しりさわべ → しっさわべ → しさび → すさび」というように変わっていったと考えることができると思われます。あるいは、もともとの蝦夷地での発音「しさび」または「すさび」に「尻澤邊」の文字を当てた可能性もあると考えられます。北海道地方の地名の読みは難しいものが多いことはよく知られていますが、「ツキサップ」に「月寒」を当てたのが現在では「つきさむ」と呼ばれるようになっていることなどで分かるように、読み方(呼び方)の変遷も珍しいことではありません。いずれにしても、スサビノリの「スサビ」は「尻澤邊」という地名に由来するものです。「荒び海苔」、「奈良輪荒び海苔」、「波の荒い海岸で寒風すさぶ時期に生育するスサビノリ」などと書かれたりすると大いに抵抗を感じるし、また大変困ったことです。どうしても漢字表記をしなければならない場合には「尻澤邊海苔」と書いて「すさびのり」と呼んでもらうのが正しいのでしょうが、この漢字表記で「すさびのり」と読める人はいないでしょう。

植物であっても動物であっても、分かりやすい平易な和名をつけることは大切なことです。学部学生時代に「動物分類学」の講義を受けた東京教育大学教授の丘英通先生から「君たち、生物に新しい名前をつけるチャンスが将来あった時には、美しい名前をつけなさい」と言われたことを思い出します。食用ウニとしてよく知られるようになったバフンウニを海の中でみると、よくぞこの名をつけたものだと思うほど馬糞によく似て見えますが、子供の頃から実際の馬糞によく接して来た者にとっては、東北地方や北海道でウニを売っている屋台のおばさんなどから「バフンウニ美味しい」「バフンは美味しい」などと声をかけられると、食欲が消えてしまいます。生物には分かりやすくて「美しい名前」をつけたいものです。

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執筆者

有賀 祐勝(あるが・ゆうしょう)

一般財団法人海苔増殖振興会副会長、浅海増殖研究中央協議会会長、公益財団法人自然保護助成基金理事長、東京水産大学名誉教授、理学博士

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