1990年頃、ある会合でご一緒した水産土木学が専門の加藤重一教授から「対馬にコンブが生えていることを知っているか」と尋ねられたことがありました。「コンブは北海道と東北地方北部の沿岸海域だけに生育している褐藻で、寒いところの海に自生する海藻です。日本南西部の沿岸には生えていません。九州では長崎県島原半島沿岸でマコンブが養殖されているから、対馬でも養殖しているところがあるかもしれません。」と答えると、「君、藻類学が専門でありながら、対馬にコンブが生えていることを知らないなんて、それはいかんね。」と言われ、「今度機会があったら俺が案内してあげよう。」とご親切なお言葉でした。
それから数年後、加藤先生ほか数人の方々と共に対馬を訪れる機会に恵まれ、対馬北端の鰐浦まで足を延ばして“コンブ”を見ることになりました。ここでは外観がコンブとよく似た海藻を「鰐浦こんぶ」と称して、乾物を販売していました。小舟に乗って“コンブ”の採取を見せてもらいました。しかし、採取されたものはコンブ(マコンブ)ではなく、分類学的にはアオワカメという名のワカメの仲間の海藻でした。コンブもワカメも褐藻綱コンブ目の海藻ですが、コンブはコンブ科コンブ属に、ワカメはチガイソ科ワカメ属に属します(表1)。日本沿岸に自生するワカメ属の海藻にはワカメやアオワカメのほかにヒロメがあります。
チガイソ科 (Alariaceae) ワカメ属 (Undaria)
図1は千葉県九十九里浜で採集された生のアオワカメの写真です。海底の生育場所から直接採集したものではなく、浜に打ち上げられたものです。この写真のように、アオワカメは外観がコンブ(マコンブ)によく似ています。しかし、中肋に相当する部分が幅広く帯状に厚くなりますが、あまり発達しません。また、ワカメと違って葉状部が羽状の裂片(裂葉)を形成することはなく、基部に胞子葉(いわゆる “めかぶ”)が形成されません。子嚢(遊走子嚢)は葉状部両面の中帯部に形成されます。アオワカメは食用になりますが、ワカメに比べ生育域が局所的であるためほとんど流通することなく、地元だけで消費されることが多い海藻です。
アオワカメの生育地は、千葉県以南の本州太平洋岸中南部、九州、五島列島、壱岐、対馬、本州日本海側中南部、青森県津軽海峡、北海道南部などの沿岸です。また、韓国済州島の沿岸でも生育が知られています。生育水深が10m程度と深いので、浜辺に打ち上げられたもので確認されていることが多いようです。対馬では、長さ最大3mほどに成長すると言われており、かつて鰐浦地区には濃密な群生地がありましたが、近年の情報ではほとんど消失してしまった模様です。図1に対馬沿岸の海底におけるアオワカメの生育状態を示します。海底の光条件下ではアオワカメは緑色がかって見えます。また、海底に横たわって生えている状態には興味が持たれます。