もう一つは、紅藻キリンサイ属の海藻である。国内でも野生種が存在するが、私が本格的にこの海藻に出会ったのは論博事業(学術振興会)で毎年来日していたベトナム人研究者との共同研究の中で、ベトナム ナチャン市を訪れた時からである。ベトナムのキリンサイ属海藻(主としてネッタイキリンサイKappaphycus alvarezii)は原産地フィリピンから日本経由(移植株)でベトナムに運ばれて海面養殖が開始されたとのことであった。ベトナムでは国立科学技術アカデミー・ナチャン支局の海藻養殖部門長のNang先生(故人)の案内で各地の養殖現場を訪れることができた。軍の施設から船を出してもらいキリンサイ養殖に特化した小島を訪れたことなど懐かしい想い出である(図3)。訪問当時は生産量も増えてベトナムの漁業従事者の復帰に役立ったとの話も伺った。この海藻はサラダ具材として生食されるが、食品工業用の増粘剤カラゲーナンの原藻としてフィリピン、東南アジア、南米、アフリカなど各地で大量に養殖されている。ベトナムではネッタイキリンサイの鮮やかな色と肉付きの良い逞しい枝ぶりの美しさに魅了された(図3)。 ネッタイキリンサイを含むキリンサイ属海藻は比較的多量のレクチンを含んでいるが、その藻体内での生理機能はわかっていない。ネッタイキリンサイのレクチン(KAA)含量は、海水温が低く溶存態窒素・リン量が多い冬期に増大する。この海藻は同じ生息場所・時期にもかかわらず紅色、緑色、褐色の3種の株が存在することで興味深いが、3株のレクチン性状は同じであった。キリンサイ属レクチンは多様な生物活性(抗がん、抗ウイルス、抗菌など)を示すことから、HypninAと同様に応用価値が高く、原料供給にも恵まれており、今後の利用に期待がもてる。最近席巻した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)、それにインフルエンザウイルスやエイズウイルス(HIV-1)の宿主細胞への感染を強く阻止することから注目されているレクチン類でもある。キリンサイ属海藻レクチンの分子構造や糖鎖認識能の詳細も明らかにすることができたが、このレクチン類はOAAHファミリー(相同なアミノ酸配列をもつことから互いに類似タンパク質群と見なされる)と称する一つのレクチン家系に属する。このレクチン家系はキリンサイ属以外の大型紅藻にも比較的広く存在し、淡水産藍藻Planktothrix agardhii (旧名 Oscillatoria agardhii)(OAA)や陸上粘液細菌Myxococcus xanthus(MBHA)からも見いだされる点で興味深い。このように類似アミノ酸配列をもつレクチンタンパク質が生息環境や分類を異にする多種生物に存在することは、レクチンの分子進化の観点からも興味がもたれる。レクチン遺伝子の水平伝搬などの機構が存在するのかもしれない。
今は亡き伊藤啓二先生の教えでもある「未利用海藻の有効利用化」を旗印に多くの海藻に出会ってきた。今では海に出向くとまず海藻が目につく程になった。しかし、もっとも利用されているノリに出会ったのは最近のことで、恥ずかしながら海苔増殖振興会の「海苔の成分の有効利用に関する検討委員会」の委員を委嘱されてからである。数年前、有明海のノリ種付け現場を見学させていただいた時、ノリ網張りのために競って船を出す養殖従事者の勇壮な姿に感動した。同時に、海藻資源としてもっとも生産量が多いノリを研究開発対象とする大事さを学んだ時でもあった。ノリは様々な視点から莫大な研究報告例があるが、ノリ由来のレクチンに関する研究報告は皆無に近い。ノリはレクチンを含むのだろうか、ノリから有用なレクチンが開発されたら・・・等々、夢を馳せているところである。
執筆者
堀 貫治(ほり・かんじ)
一般財団法人海苔増殖振興会評議員、
広島大学大学院統合生命科学研究科特任教授、広島大学名誉教授、農学博士