ノリ養殖では、健全種苗育成のために幼い葉状体が着生しているノリ網に干出を与えることが重要視されてきました。特に支柱式ノリ柵では、潮の干満に伴ってノリ網が干出する時間が決まるので、どの水位にノリ網を張るかは養殖管理上非常に重要なポイントです。干出を経験することによってノリ葉状体の耐乾燥性が高まると考えられますが、同時にノリ網に混生してくるアオサ・アオノリ等のいわゆる雑藻が除去されること、また、ノリ葉状体表面に着生する珪藻等を除去する効果もあり、さらに種々の病害対策にもなるので、ノリ網の干出は極めて重要です。このようなことから、浮流し式ノリ柵でも特に育苗期には浮上筏(人工干出装置)を使ったノリ網干出が行われています(図1,2 )。
養殖場のノリは、日光を受けて海水中の二酸化炭素を吸収して光合成を行い、成長のもとになる炭水化物を生産します。ノリは、日中に干出している間はどうしているのでしょう。生きていますから呼吸はしていると考えられますが、光合成はしていないのでしょうか。潮間帯に生育している他の海藻の光合成や呼吸は干出中はどうなっているのでしょう。
潮間帯に生育する海藻が日中に干出して(空気中に出て)いる時に光合成を行っているかどうかを明らかにするため、室内培養したスサビノリの葉状体を使って実験してみました。葉状体をナイロンネットの上に広げて、表面についた水滴をティッシュペーパーで拭い、光合成測定用の同化箱内に入れ、種々の光条件・温度条件の下で光合成を測定しました。その結果、ノリ葉状体は空気中でも呼吸は勿論のこと、光合成を行っていることが明かになりました。この研究は主に大学院留学生にやってもらい、その成果を日本植物学会第50回大会(新潟、1985年)で留学生のKS君に「干出中の海藻の光合成および呼吸」と題して口頭発表してもらいました。発表後の質疑討論で東京大学の宮地重遠教授から「そうすると、海藻は海水中とは異なる光合成のキコウ(機構)をもっているということですか?」との質問がありました。これに対してKS君は流暢な日本語で「先生、海藻にはキコウ(気孔)はありません!」と堂々と答えたので、失笑がもれました。宮地教授は「有賀さん、留学生にはしっかりと日本語を教えないと・・・」と言われ、会場には和やかなムードが流れました。
スサビノリの空気中での光合成の測定は、東京大学理学部植物学教室の赤外線ガス分析計を借りて、上記のようにサンプルを同化箱の中におさめ、上方から光照射しながら同化箱の入口と出口の空気中のCO2濃度を測定し、その差から求めました(図3)。また、呼吸は同化箱を黒布で被った時のCO2濃度差から求めました。光合成・呼吸の測定と共に測定時間の経過に伴う葉状体の重量の変化(乾燥に伴う水分含量の減少)も測定しました。
光合成と呼吸の時間経過を図4に示します。光飽和純光合成(Pn)は測定開始直後にはやや低く、時間経過とともに高まり、極大値に達した後徐々に低下し、180分後には0に近づきました。呼吸(R)は、値は小さいが、最初高く、時間経過とともに低下しました。
光合成測定中に葉状体は徐々に水分を失い(乾燥が進み)、重量が軽くなっていきます。測定開始時の水分ロス(WL)を0%(含水率100%)として乾燥の度合いを表しました。水分ロス(WL)は、光合成測定中は時間経過に伴って直線的に進みました(図5)。純光合成速度が最大値に達した時の水分ロス(WL)はおよそ16 %で、水分ロス(WL)がおよそ32%を超えると純光合成速度は低下し始め、水分ロス(WL)がおよそ90%を超えるとほぼ0になりました。このようにスサビノリは空気中でも著しく乾燥しない限り光合成を行っていることが明かになりました。