はじめに
海洋生物の中には陸上生物とは異なる特異な生物現象や代謝系・代謝産物をもつものが知られています。海産の多核単細胞性緑藻に見られる細胞内容物(原形質)からの細胞再生現象はその一例です。この特異な生物現象は、1970年に日本人研究者のTatewaki & Nagataにより緑藻ハネモに見いだされたのが最初とされています。その後、本現象の生物学的研究は国内外で散発的に行われていますが、同現象の化学生物学的研究例は少ないようです。筆者は20年程前に、当時バロニア類の発生研究をされていた榎本幸人先生(当時、神戸大学臨海実験所教授)のもとで、筆者の研究室学生と一緒に海藻類の発生に関する臨海実習を受けたことがありました。その時に、本現象がハネモ類、バロニア類、ミル類およびイワヅタ類など多核単細胞性緑藻に広く見られる現象で、これら海藻の生存戦略の一つと考えられていることを知りました。つまり、これら海藻種にとっては、魚など動物に傷つけられた時の再生システムとして、種の保存に寄与している現象と考えられています。因みに、バロニア類は直径1~3 cm程の球状の多核単細胞性緑藻ですが、海水中で針で突っついて細胞表面に孔を開けると、海水が細胞内に流入し、短時間のうちに細胞内に多数の球状プロトプラストが生じます。実習を受けた当時、この細胞再生システムは将来的にはわれら人にも役立つ道具になるのではと夢見たことを憶えています。