私たちがよく利用する海苔、ワカメ、コンブにはそのライフサイクルの中に普段よく食べる形とは異なるものがあります。このような場合、遊離アミノ酸組成はどのようであるか調べました。
海苔は通常は板状の焼海苔(図1A)や味付海苔で食べることが多いのですが、夏の間は顕微鏡で見えるほどの細い糸状体(胞子体、図1B)で貝殻(図1C)などに穿孔して生活します。図1Dは海苔養殖の採苗用に人為的に糸状体をカキ殻に繁殖させたものです。このカキ殻中の糸状体から放出された胞子が海苔網に付着して成長し、海苔が生産されます。この糸状体中の遊離アミノ酸を調べると、図2に示すように、アラニンとグルタミン酸が主で少量のアスパラギン酸が検出されます。これら3種の遊離アミノ酸で、全遊離アミノ酸の75.6%に達します。この含量は葉体(配偶体)になると、アスパラギン酸は8.9倍に、グルタミン酸は1.3倍に、アラニンは1.7倍に増加します。遊離アミノ酸の種類は糸状体と葉体は類似していますが、糸状体ではアスパラギン酸がかなり低含量で、葉体ではアラニンの多いことが目立ちます。
ワカメは、雌雄の配偶体(糸状体、図3A)につくられる卵子と精子が受精・発芽して普段食べている葉体(胞子体、図3B)になります。春になると葉体の基部に胞子をつくる器官のメカブ(図3C)ができます。ライフサイクルのこれら3つのステージにおける主要遊離アミノ酸(図4)は、配偶体ではグルタミン酸とアラニンで全遊離アミノ酸の56.9%を、葉体とメカブではアラニン1種類でそれぞれ全遊離アミノ酸の34.2%と31.4%を占めます。したがって、配偶体の遊離アミノ酸パターンは、葉体およびメカブのそれとは明らかに異なりますが、葉体とメカブは類似しています。遊離アミノ酸の量的な特徴は配偶体で2番目に多いグルタミン酸が葉体とメカブで激減したことです。
マコンブは、雌雄の配偶体(糸状体、図5A)につくられる卵子と精子が受精・発芽して葉体(胞子体、図5B)となります。マコンブの配偶体、1年もの葉体、同2年もの葉体それぞれの主要遊離アミノ酸は、図6に示すように配偶体ではグルタミン酸が全遊離アミノ酸の30.7%を、1年もの葉体がグルタミン酸とアラニンで同56.3%を、2 年もの葉体がアスパラギン酸とグルタミン酸で同93.5%を占めます。マコンブの呈味アミノ酸の遊離グルタミン酸とアスパラギン酸は配偶体、1年もの葉体、2年もの葉体を通じて主要な遊離アミノですが、特に2年もの葉体ではともに大きく増加しています。呈味アミノ酸のアラニンは海苔やワカメと異なり少量です。2年もののマコンブは葉体が大きくて厚く、味が良いので食用としての中心的存在になっていますが、呈味アミノ酸のグルタミン酸およびアスパラギン酸の含量面からも理解できます。
メチオニンは人の必須アミノ酸で、多くの食品に含まれるが不足しやすいアミノ酸です。メチオニンは一部をシスチンで代替できるので、メチオニンとシスチンの合計量で栄養計算がされます。筆者はこれまでメチオニンあるいはシスチンの蓄積の多い海藻を探してきたところ、緑藻タマゴバロニア(図7A)の細胞液中に遊離のシスチンが最大で4.2mg/100ml細胞液と他の遊離アミノ酸6種類が微量存在することを見出しました。シスチンの全遊離アミノ酸に占める割合は84%でした。しかしシスチンは中性・アルカリ性条件下でシステイン(苦味)の空気酸化により10分ほどで生成されるので、検出されたシスチンは分析中の酸化生成物の可能性も考えられます。
タマゴバロニアは、直径1cm程度の長楕円形~卵型の多核巨大細胞が集合した緑藻で、細胞中には多量の細胞液があります。図7Bに示すように空気酸化を防ぎながら細胞液を採取したところ、遊離のシステインが最大で3.9mg/100ml細胞液,微量の遊離アミノ酸が6種類検出されました。したがって、タマゴバロニアには遊離のシステインが存在し、分析操作中に酸化されてシスチンに変化したことが分かりました。遊離アミノ酸の分析中の変化を初めて経験し、試料調製には細心の注意が求められることを実感しました。
以上のように、ある種の海藻は特定の遊離アミノ酸(その多くは味がある。)を蓄積すること、顕微鏡で見る大きさのスサビノリ糸状体(胞子体)の遊離アミノ酸組成が、成葉体(配偶体)になっても類似の傾向を示すこと、遊離のグルタミン酸の蓄積が日常生活で“ダシ”として利用される例もあることが分かりました。しかし海藻にとって特定の遊離アミノ酸が蓄積される意義はよく分かっていません。今後のデータの蓄積が待たれます。
執筆者
天野 秀臣(あまの・ひでおみ)
一般財団法人海苔増殖振興会評議員、三重県保健環境研究所特別顧問、三重大学名誉教授(元三重大学生物資源学部長)、農学博士