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リレーエッセイ 2019・春
渓流に生育する淡水藻カワノリ 2/2/有賀 祐勝
カワノリの分類と生活環

カワノリは、かつては緑藻綱(Chlorophyceae)に分類されていましたが、現在は系統学的検討に基づいてトゥレボウクシア藻綱(Trebouxiophyceae)のカワノリ目(Prasiolales)に位置づけられています。雌雄同株の葉状体は1層細胞からなる卵形ないし笹の葉状の薄膜で縁辺が多少波うっています。大きさは幅4~5 cm、長さ20 cmほどに達し、鮮やかな緑色のアオサ様で、小さな円盤状の付着器で岩石などに着生しています。1細胞に星形色素体1個をもっています。無性生殖と有性生殖を行ないます。

無性生殖は、葉状体の縁辺から内部へ順次細胞内に不動胞子(単胞子)が1個ずつ形成され、これがこぼれ落ちて葉状体に発育する方法、あるいはアキネート(休眠胞子)をつくって種を維持する方法などが確認されています。有性生殖は、雌雄同株の葉状体に明緑色の雄性配偶子嚢群と暗緑色の雌性配偶子嚢群とがモザイク状にでき、前者の中に2本の繊毛をもつ雄性配偶子が、後者の中に繊毛をもたない大形の雌性配偶子ができます。雌雄配偶子は水中で接合し、雄性配偶子由来の繊毛で遊泳する動接合子でしばらく過しますが、適当な基質に付着後は繊毛を落して細胞膜を分泌し、単細胞のまま増大成長をしばらく続けてから減数分裂を含む細胞分裂により葉状体へと成長します。葉状体は単相(染色体数は3個)で、雌雄配偶子の接合により生じた接合子だけが複相です。

カワノリの季節性と特異性

カワノリの生活環は上記のようにやや複雑で、夏から秋の葉状体繁茂期には不動胞子(単胞子)による無性生殖が行われて個体数を増しますが、10月下旬から翌春4月頃までは雌雄配偶子が形成されて有性生殖が行われます。不動胞子は葉状体の長さが1 cmくらいの小さいうちに縁辺の細胞に形成され、直ちに発芽して新しい葉状体になります。不動胞子による繁殖は8月~10月が最も盛んであるといわれ、乾燥製品をつくるために葉状体の採取が行われる時期(夏~秋)にあたります。

カワノリの渓流中での季節変化を大まかにみると、一般に5~6月頃に萌発し始め、夏~秋の時期を最盛期とし、12月ないし2~3月頃が凋落期です。葉状体に雌雄の配偶子嚢群ができてモザイク模様を呈するのは冬季です。葉状体は配偶子を放出するにつれて徐々に腐朽し、ついには付着基質(岩石など)から脱落して姿を消しますが、5~6月になると再び新個体が見え始めます。

ちょっと不思議に思われるのは、かなり速い流速の渓流の中で着生生育している葉状体につくられる不動胞子や配偶子が、葉状体から放出されても全部下流に流されてしまうことなく毎年同じ岩石に着生生育しているのが見られことです。また、カワノリの分布がだんだん下流に移っていくということは無いようです。なぜでしょうか。不動胞子や接合子が流水中の岩石などに着生する微妙なタイミングやメカニズムについては大変興味がもたれますので、今後更なる研究が望まれます。また、天然のカワノリを多量に採取するのは難しいので乾燥製品は極めて貴重で高価なものですが、養殖に関する基礎研究は1960年代から行われてきたものの、まだ本格的な大量生産には至っていません。今後の進展が期待されます。

カワノリの乾燥製品はタンパク質38.1%、脂質1.6%、炭水化物41.7%を含んでおり、アマノリ類の乾海苔とほぼ同等の高いタンパク質含量を示すだけでなく、ミネラル、ビタミン類、食物繊維も豊富に含有しています。カワノリは海産のアマノリ類に似た外形をしており、1細胞中に星形の色素体1個をもつことや細胞壁構成成分の類似性などからアマノリ類との類縁関係が取りざたされてきました。また、カワノリには紫外部吸光物質であるマイコスポリン様アミノ酸(ポルフィラ-334、シノリンなど)がアマノリ類と同様に多量に含まれています。このように色彩の違い(光合成色素組成の違い)や淡水産と海産の違いなどにもかかわらず、カワノリとアマノリ類とは共通の特徴があることから、両者の類縁関係は依然として興味をそそるものです。

世界のカワノリ属

カワノリ属(Prasiola)の藻類は主として淡水産ですが、海産や気生の種も知られています。淡水産のものは主として山地の渓流に生育するもので、日本以外では台湾山地の川、中国雲南の川、ヨーロッパのアルプスの川などから報告があります。南米のアンデス山脈に沿ってエクアドル・ペルー・ボリビア・チリーなどの高山地帯の渓流からはPrasiola mexicanaの存在が報告されています。海産では千島幌莚島のP. tessellataのほか、南極大陸、インド洋のケルゲレン島、北米カリフォルニアの海岸から報告があります。気生では樺太海豹島の鳥糞の塊上に生じるP. crispaがあります。

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執筆者

有賀 祐勝(あるが・ゆうしょう)

一般財団法人海苔増殖振興会副会長、浅海増殖研究中央協議会会長、公益財団法人自然保護助成基金理事長、東京水産大学名誉教授、理学博士

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