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リレーエッセイ 2019・夏
北海道コンブを世界に伝えるために 2/2/四ツ倉 典滋
伝統に則ったコンブ生産

北海道産コンブの分類研究は、明治27年(1894)に行われた宮部金吾教授(札幌農学校)による全道調査で本格的に始められました。宮部教授はそれぞれのコンブについて水産利用をも考慮して細かく分類し、その見解は日本の伝統産業を継承していくうえで、また、産業への貢献を目的とする応用研究を推進するうえで、大変わかり易いものとして長きにわたって受け入れられてきました。そこで、私たちはそれぞれの種が持つ局所的な分布域を理解し、水産の現場では漁業者が採ったコンブは、たとえ種の同定に迷うことがあっても「ここで採れたものはこれ」と迷いもなく種を決めることができるのです。さらに、漁獲されたコンブは、種や産地ごとに決められた規格に則って格付け・製品化されますが(図3)、一連の作業は長い歴史を通して守られてきたルールに従うことによって製品の品質が保たれ、国内外で信頼を得てきました。

コンブの検査事業は140年以上も前から行われており、現在では7品目、29規格、38種類、101等級が設定されています。

図3 等級分けされた日高昆布(ミツイシコンブ).
図3 等級分けされた日高昆布(ミツイシコンブ).

私は、「北海道コンブの特徴は何か」と尋ねられると、いつも「多様性と歴史」と答えます。北海道の多様なコンブの生産は歴史によって支えられ、その伝統はそこに暮らす私たちにとって誇るべきものであります。しかし一方で、歴史があるがゆえにあらゆる面で“変化”を起こすことが難しく、専門家による研究成果であってもそれがすぐに産業のなかにとり込まれるわけではありません。例えば、北海道を主産地とする“だし昆布”であるマコンブ系コンブ(マコンブ、ホソメコンブ、リシリコンブ、オ二コンブ)は学術的に-形態学的、発生学的、分子系統学的観点から-いまでは単一種S. japonicaであり、各々は地域変種として扱われていますが、産業の現場ではそれぞれが別種とされていた時と扱いは変わっていません。また、それらについてDNA多型を用いた遺伝子構造解析によって、構造が類似する4集団(4変種に相当)の分布域はこれまで理解されていた4変種の分布域と異なることが示されています(図4)。ところが、漁業者が漁獲するコンブの種名は依然として古くから知られている分布域に応じて扱われています。

図4 北海道(北方領土を除く)におけるマコンブ系コンブの分布域. 各々は図中の色分けされた海域の沿岸部に生育する.
図4 北海道(北方領土を除く)におけるマコンブ系コンブの分布域.
各々は図中の色分けされた海域の沿岸部に生育する.
左:従来から知られている分布域  右:遺伝子構造解析に基づく分布域

北海道のコンブ生産はいまでも天然漁獲が中心で、ひとえに“だし昆布”といっても種によって産業的価値は異なり、規格も違っています。ですから、ある地域で採られるコンブの種の扱いが変われば漁業者の作業内容や収入が大きく変わるかもしれません。さらに、それぞれの種の取扱量が変わるので組合や問屋、消費者への影響も考えられます。年間生産額が200億円を超えるこの北海道の主要漁業のなかで、伝統のやり方を変えることに慎重にならざるを得ないことはこれだけを見てもお分かりいただけるでしょう。

このように記すと、北海道のコンブ生産は過去に縛られた発展性のないものに感じられてしまうかもしれませんが、歴史を踏襲することは産業を継承し、発展させていくうえで重要です。現在、北海道では年間およそ1万5,000トンを漁獲していますが、中国では100万トンを超えています。日本国内ではIQ(輸入割当)によって輸入量が制限されていますが、海外においては価格の高い北海道産ではなく価格の安い中国産を求める傾向も一部見られています。今後、中国産コンブにはない北海道産のオリジナリティーをどのように出して売っていくのか。長い歴史を通して培われた経験や、労力を惜しまない製品作りは他にはできない北海道産の大きな強みのはずです。ただ一方で、和食が世界無形文化遺産に登録され、海外の有名シェフが競って北海道へコンブを買いに来る時代になりました。食の安全・安心が一層求められるなかで、個々のコンブ(製品)について国際的な立場に立って明確に伝えていく努力も必要になってくるのではないでしょうか。

外国人にもわかる北海道コンブを目指して

2009年に東京で開催された国際藻類学会議の後に、当時国際海藻協会の会長であったThierry Chopin教授から、北海道のコンブ生産のすべてが見たいとの依頼を受け、養殖について種苗生産から流通に至るまでの現場をご案内しました。全ての視察を終えて感想を尋ねたところ、「全体的によく理解できた。ただ、浜格差・銘柄と、販売については難しかった。」ということでした。複雑な値決めや、流通についてはさておき、ひとつの種でありながら採れる浜によって価値が異なり、それが必ずしも形態や成分で評価しきれていないということになると北海道コンブに馴染みのない外国人にとって「???」となるのは当然でしょう。以前、長年コンブ研究をされてきた川嶋昭二博士(北海道水産試験場)と、「コンブを区別するのは難しいですが、分類に“日本人の舌”が使えたら良いですね。」とお話ししたことを思い出しますが、現実にそうはいきません。伝統を重んじながらも、世界中の人々に北海道コンブを適切に理解してもらえるように、この先も研究者としてやることがたくさんありそうです。

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執筆者

四ツ倉 典滋(よつくら・のりしげ)

北海道大学准教授、北海道大学北方生物圏フィールド科学センター忍路臨海実験所所長、NPO法人北海道こんぶ研究会理事長、昆布の栄養機能研究会理事、水産学博士

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