海藻の学名ルールと私のちょっとした鬱積 1/2/川井浩史 < 海苔百景 リレーエッセイ < 海苔増殖振興会ホーム

エッセイ&フォトギャラリー

海苔百景

海苔百景のトップに戻る 海苔百景のトップに戻る

リレーエッセイ 2020・春
海藻の学名ルールと私のちょっとした鬱積 1/2 川井浩史
生物に名前をつける時の国際ルール

海藻を含め全ての生物の学名、すなわちさまざまな生き物の正式な名前は国際的なルールに従ってつけられている。このルールは国際命名規約と呼ばれているもので、生き物のグループ、すなわち「藻類・菌類・植物」(いわゆる植物)、「栽培植物」、「動物」、「細菌」、「ウイルス」についてそれぞれ独自のルールが定められている。このような国際的なルールが作られたのは、1867年に定められた植物を対象としたものが初めである。このときは栽培植物、細菌も区別されずに植物の中に含められており、またウイルスの存在はまだ明らかになっていなかった。一方、1901年には動物を対象とするルールが作られた。その後、植物のルールから栽培植物、細菌、そしてウイルスを対象とするルールが分かれる形で、現在のような5つのルールが誕生した。

これらのルールは、生き物のグループによってその名前をつける際の考え方が大きく異なり、植物や動物の名前は、ラテン語で書かれており、産地や形の特徴が表されていることが多いが、ウイルスの学名は英語であり、遺伝子の種類や宿主の特徴に基づきかなり機械的に定められる。また、植物や動物はまず個々の種(たとえばアマノリ類であれば「アサクサノリ」や「スサビノリ」、動物であれば「ヒト」や「ゴリラ」)にまず見た目の違いなどによって名前をつけて、それぞれウシケノリ目や紅藻、あるいは霊長類や哺乳類といった大きく括る名前をつけて分類がされてきた。一方、ウイルスはどのようなタイプの遺伝子を持っているか、どのような生き物に寄生するか等の全体的な特徴でまず分けて、順に細分するかたちで名前をつけていく。

一方、海藻を含むいわゆる植物のルールと動物のルールは基本的な考え方はよく似ている。これはいずれも18世紀に活躍したスウェーデンのリンネ(Carl von Linné)という研究者が考案した方法を基礎にしているからだが、次のような原則がある。すなわち、学名は原則として2つのラテン語の単語を組み合わせて作られている。例えばスサビノリの場合、アマノリ類のあるグループを表す属名 Pyropia に種としての特徴を表す種小名 yezoensis を組み合わせて1つの種を示している。

また、一つの種には一つだけ、正しい学名が認められる。もし、別々の種に同じ名前がつけられてしまった場合や、1つの生き物に複数の名前がつけられてしまった場合は、先取権といって初めにつけられた(より古い)名前が用いられる。もちろん、生き物は全て共通の祖先から進化という連続的な変化によって多様になり、さまざまな種が誕生した。従ってこれらの生き物の名前を人間が考えたグループ分けに基づき、全く別のルールで定めるというのは、生物学の観点からは大きな矛盾がある。すなわち生き物の世界は1つであり、それをいくつかの国に分け、それぞれに別々のルールを作るというのは、不合理であろう。とはいえ、現実的にこの方法に替わりうる、より問題が少ない方法は確立されておらず、この方法が使われ続けている。

さて、海藻の名前のルールに話を戻すと、ある海藻の種は、「はじめにその種に学名をつけるときに定められた基準となる標本(タイプ標本と呼ばれる)と同じ種と判断されるかどうか」ということで決められる。この考え方は、タイプ法と呼ばれるが、基準となるのは一般には押し葉標本や、ホルマリンの中で保存される、変化しない標本である。また、学名については、前述のように初めにつけられたものが優先して使われる。これらのルールは動植物の分類や学名の混乱をさけるために考え、定められたもので、そのおかげで100万を越える種が何とか共通のルールで分類、命名され、それほど大きな混乱無く取り扱うことができている。しかしその一方で、(個人的な意見ではあるが)なかなかフラストレーションがたまる問題もある。

図1 緑藻アナアオサの生態写真.
図1 緑藻アナアオサの生態写真.

例えば九州以北で最も普通に見られる海藻の1つにアオサがある。実は「アオサ」という種はなく、身近な海岸で普通に見られる種は「アナアオサ」(図1)である。このアナアオサの学名は19世紀末に日本に近代の藻類学が導入されて以降、 Ulva pertusa が使われてきた。すなわち日本産のアオサの一種であるアナアオサの学名 Ulva pertusa は、スウェーデンのキェルマン(F.R. Kjellman)という藻類学者が1880年頃にヴェガ号の探検航海に参加して日本の沿岸で採集した海藻の標本に基づき、1897年に命名された。この知見に基づき、日本の研究者はずっとアナアオサ= Ulva pertusaとしてきた。

「海藻の学名ルールと私のちょっとした鬱積 1/2 川井浩史 | 海苔百景 リレーエッセイ」ページのトップに戻る