北海道各地の沿岸に潜ってみると、大規模なコンブ群落が目に飛び込んできます。世界的にも珍しいコンブがたくさん生えており、地域の海洋生態系を支えている、それが北海道の海なのです(図1)。また、コンブは日本人の食卓には欠かせない食材であり、その漁業は北海道の地方経済を支える重要な産業です。そして、その産業は天然コンブが豊かであることを背景に発展してきました。従って、北海道ではコンブの養殖が始まって半世紀が経ちますが、今でも天然漁獲量が全体の3分の2以上を占めています。
この先も生産増大が望まれる天然コンブ資源ですが、一方で、今後の気候変動に伴う分布予測がされており、その縮小が懸念されています。報告によると、将来予測【IPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)のRCPシナリオ(代表濃度経路シナリオ)】をもとにした天然コンブの分布域は、時の経過とともに北上し、温暖化が緩やかに進むシナリオにおいてさえも今世紀末には道内現存種の少なからずについて、その生育適地が北海道から外れる可能性があるとされています(Sudo et al. (2020) Ecological Research, 35: 47-60)。時の移ろいとともに環境は変化し、私たちはその時々の生物多様性の変化を受け入れることは必要です。しかし、現在北海道沿岸に生えているコンブは和食になくてはならないものであり、伝統的な食文化を継承していくために失うことはできません。
北海道で見られるコンブは、ロシア極東域に生えているコンブに起源を持つと考えられています。北海道のコンブを研究する者としてその海域のコンブ類を調べてみたいと思っていましたが、ようやく2013年から2016年にかけて科研費の助成を受けて現地を訪れることができました。カムチャツカ科学技術大学のNina Klochkova先生に同行いただき、毎年、夏季に2~3週間ほどかけて、1年目はサハリン南部、2年目はカムチャツカ半島南東部(2004年と2005年に続く訪問です)、3年目は沿海地方南部、4年目はマガダン周辺の各地沿岸において、生態調査やサンプリングを行いました。カムチャツカやマガダンでは乾燥標本や図鑑のなかでしか見たことのない種に興奮し、特にマガダンではそこにしか生えていない Tauya bassicrassa の美しい姿に私の目は釘付けになりました(図2)。これらの地域では手つかずの大自然のなかに計り知れない数のコンブ類がひっそりと暮らしており、それらを前にして「よ~く探せば、新種のひとつやふたつは見つかるのでは!?」と思ったりしたものです。
一方、サハリン南部やウラジオストク・ナホトカ周辺は、場所によって種構成は異なりますが、何れも北海道で見られるコンブが群落を形成し、緊張が続く海外調査のなかでその様子を見るとなぜかホッとしたことを思い出します。サハリンにおいては、アニワ湾沿岸や西海岸では北海道でおなじみの Saccharina japonica が藻場の主構成種となっており、DNA解析によりそれらは変種レベルではマコンブやリシリコンブに相当するとみられます(図3)。サハリン海洋漁業学研究所のDmitry Galaninさんによれば、この海域には2万トン以上の漁獲対象資源(1年目個体は対象外)があるそうで、現地のコドラート調査でも、得られた生育密度や現存量は海峡を隔てた稚内の値に比べて高く、その豊かさが示されました。しかし一方で、場所によってはサンゴモ平原が広がる様子も観察されており、今後の資源量の推移が気になります。
4年間に訪れた場所はどこもたくさんの個体が生い茂り、そのスケールの大きさに感動しました。ところが、それらはどこか単調で、例えば、北海道東部の太平洋沿岸のように多様なコンブの大群落が一定の範囲内に住み分けして存在するような光景を見ることはできませんでした。全ての調査を終えて日本に帰る飛行機のなかで、調査メンバーの一人であり、潜水経験が豊かな北海道水産試験場の川井唯史さんとあらためて確認したことは、「北海道のコンブ群落は貴重である。全力で守らねば!」でした。