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リレーエッセイ 2021・秋
「コンブモドキ」は「コンブ」か —終わりの見えない問い— 1/2 川井浩史
大形褐藻コンブ類

ワカメ,カジメ,マコンブ,マクロキスティス(ジャイアントケルプ)などのいわゆるコンブ類(以後,総称として「コンブ」と呼ぶことがある)は,海藻の中でも最も大形で,また複雑な形態や生殖のしくみをもつグループであり,沿岸生態系の重要な構成要素である(図1)。これらコンブ類は分類学的には,褐藻コンブ目に分類され,褐藻の中でももっとも進化したグループのひとつであるとされてきた。

褐藻ジャイアントケルプ(a), サガラメ(b), マコンブ(リシリコンブ)(c), アウレオファイクス.

図1 褐藻ジャイアントケルプ(a), サガラメ(b),
マコンブ(リシリコンブ)(c), アウレオファイクス(d).

ワカメやカジメといった大形褐藻の「種」は,主にその外部形態の特徴に基づき名前がつけられてきたが,「科」や「目」といった,より上位の分類は伝統的に藻体の体制や解剖学的な特徴に基づき行われてきた。しかし,19世紀後半になって,海洋生物でも卵や胞子を実験室で育てて,その初期発生や発達過程を観察・比較する,いわゆる発生学的な研究が活発に行われるようになると,海藻類でもさまざまな種の培養実験が試みられた。その結果,20世紀初めにコンブ類を使った実験で「異形世代交代」,すなわち大きさや形態が全く異なる2つの世代が交代する生活史型が海藻類で初めて報告された。1903年にフランスのソーバジオ (G. Sauvageau;以後敬称略)がサッコリザ (Sacchorhiza) で,1905年にはスウェーデンのキリン (H. Kylin) がラミナリア (Laminaria)で,野外で採集した大形藻体(胞子体)に生じた生殖器官(単子嚢)から放出された遊走子(鞭毛によって泳ぐ胞子)を培養した結果,それらは数mmにみたない微小な糸状の藻体(配偶体)に発達すること,配偶体はもとの大形の藻体に発達することはないが,卵と精子を作り,受精を経てもとの大形の藻体に発達するということを報告した(図2)。ちなみに約30年後,同様の手法によって,貝殻に内生するコンコセリスがアマノリの世代の一つであるという,ノリの異形世代交代も明らかにされた。

 一般的なコンブ類の生活史型.

図2  一般的なコンブ類の生活史型.
コンブ類の特徴と類縁関係

このソーバジオやキリンの発見により,コンブ類は単に「大形で複雑な藻体をもつ」という形態学的な特徴だけでは無く,「大形の胞子体と卵生殖を行う微小な配偶体との間で異形世代交代を行う」という生活史に関する特徴によって区別される独立した目として定義されるようになった。また,コンブ類は遊走子が眼点を持たず,走光性を示さないという褐藻の中ではかなり特異な性質も供えている。これらの特徴から,コンブ目は他の褐藻の目から明確に区別されるが,その一方で,その祖先がどのような褐藻なのか,どのグループと最も進化的に近いのかは不明であった。

一方,比較的穏やかな海の海底から立ち上がって生えるヒモ状の海藻であるツルモ (Chorda) は,コンブ類よりはかなり単純な形態をしているが,解剖学的な特徴と生活史型から伝統的にコンブ目に分類され,その中でも祖先的なグループであると考えられてきた(図3a)。すなわち,他のコンブ類と同様に胞子体の一部に局在する成長帯をもち,藻体表面には側糸と呼ばれる単細胞性の皮層細胞と単子嚢を生じ,卵生殖を行う微小な配偶体との間で異形世代交代を行う(図3b)。一方,その藻体は一般的なコンブ類の多くが多年生であるのに対し,一年生で,藻体もより単純な形態をしており,また遊走子が他の多くの褐藻と同じく眼点を持ち,走光性を示す。ちなみにソーバジオがはじめて異形世代交代を報告したサッコリザはその後の研究でコンブ目とは系統上はかなり遠く,チロプテリス目に含まれることが明らかになっており,真のコンブ目の生活史をはじめて明らかにしたのはキリンと言うことになる。

ツルモ a. 藻体外観;b. 生活史型.

図3  ツルモ a. 藻体外観;b. 生活史型.
「幻の海藻」コンブモドキ

話は大きく変わるが,1944年,北海道大学理学部の山田幸男と田中剛は厚岸臨海実験所の近くで採集し,その地名にちなむ属名をつけた新種の褐藻コンブモドキAkkesiphycus lubricusを報告した(図4a)。この海藻は長さ1 mを超える比較的大形の藻体をもち,一見すると若いコンブと似ていることからこの和名がつけられたが,その手触りや構造はコンブとは大きく異なり,よりヌルヌルしており,薄く,容易に裂けるほか,局在する成長帯は見られない。このため,どちらかというとハバモドキなどに近い形態で,はじめハバモドキ目(ウイキョウモ目)として分類された。しかし藻体断面の構造は,皮層部に数細胞からなる細胞糸があり,ナガマツモにも似ている。ちなみに,この部分の組織は前述したようにツルモやコンブ類では単細胞で側糸と呼ばれる。しかし,コンブモドキは厚岸でも毎年出現するわけでは無く,素性がはっきりしないこともあって「幻の海藻」として,理学部植物分類学教室では特別の興味を持って研究が行われ,その分布や藻体の構造についての論文が黒木宗尚や山田家正らによって報告されたが,生活史については不明のままであった。

図4 コンブモドキ a. 藻体外観;b. 生活史型.

図4 コンブモドキ a. 藻体外観;b. 生活史型.

このあたりから筆者とコンブモドキとの関わりが始まるが,1977年,筆者が前述の植物分類学教室の卒業研究学生として,厚岸での学部3年生対象の臨海実習に参加した際に,数年ぶりにコンブモドキを発見した。これは海藻の研究を始めたばかりの学部学生にとっては印象の強い出来事であり,博士課程の研究テーマとして褐藻の生活史と分類を選ぶきっかけの一つとなったように思う。そしてその後,1983年から同教室に教員として勤め,厚岸での臨海実習を担当するようになったが,幸いなことにこの頃の厚岸では何年か続けてコンブモドキが出現しており,コンブモドキの培養を試みることができた。その結果,藻体の単子嚢から得た遊走子は,微小な糸状体に発達したあと,なかなか成熟しなかったが,数ヶ月後に,低温・短日という冬に相当する条件のもとでようやく生殖器官をつけた(図4b)。その生殖器官はコンブ類の生卵器や造精器とは大きく異なり,複子嚢と呼ばれる多くの小室が集まって生じるタイプで,放出された大小2種類の生殖細胞は,いずれも鞭毛により遊泳する,異形動配偶子と呼ばれるものであった。しかし,この複子嚢のような造精器やナガマツモの様な多細胞からなる皮層細胞は,博士課程の研究で報告したニセツルモ (Pseudochorda nagaii) によく似ていた(図5b)。

図5 ニセツルモ a. 藻体外観;b. 生活史型.

図5 ニセツルモ a. 藻体外観;b. 生活史型.
ニセツルモとコンブモドキ

ニセツルモは1938年に時田郇により樺太から記載されたが,はじめはナガマツモ属の種Chordaria nagaiiとしてナガマツモ目に分類されていた(図5a)。しかし1972年には堀輝三によって一般のナガマツモ目の種と異なり葉緑体がピレノイドを持たず,その分類に疑問があることが報告されていた。そして筆者の培養実験の結果,藻体はナガマツモ目とは異なり柔組織を作ることと配偶体は卵生殖を行うことが明らかになり,さらに藻体が局在する成長帯を欠き,遊走子が眼点を有することもふまえて,1985年に新しい科としてコンブ目に含めることを提案した(図5b)。そして,コンブモドキはニセツルモによく似ており,ニセツルモはコンブ目であるから,コンブモドキはコンブ目と近いのでは,という三段論法から,「コンブモドキ」は「コンブ」の祖先形(複雑な藻体や卵生殖を進化させる前のコンブ類)ではないかと考えた。しかし,前述のように「卵生殖」がコンブ目の重要な特徴であるとされていたため,この様な結論が他の研究者,具体的には国際誌の論文審査員に受け入れられるとは思えなかった。そこで1986年に出版された論文ではコンブモドキの生活史に関する結果についてだけ報告し,科や目の帰属は不明のままとなった。

この時点で明らかになっていた一般的なコンブ類,ツルモ,ニセツルモ,コンブモドキの形態学的な特徴を表1に示す。

表1 一般的なコンブ類,ツルモ,ニセツルモ,コンブモドキの形態学的特徴.
表1 一般的なコンブ類,ツルモ,ニセツルモ,コンブモドキの形態学的特徴.

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