実りの秋といわれるように、秋には美味しいものが身の回りに出まわります。新米をはじめとして多くの農作物は、9月~11月頃に収穫され店頭に並びます。一方、海藻については少し時期がずれて、冬から春にかけて成長の最盛期を迎えるものがたくさんあり、美味しい時期も農作物とは少し異なります。美味しさを感じる場所は舌です。舌のうちでも味蕾(みらい)と呼ばれる場所であることはよく知られています。このことについて私たちは中学校で既に学習をしてきました。
学校で何をどの程度教えるかは、文部科学省の学習指導要領に書かれています。学習指導要領は概ね10年程度を目途に改定されますが、現在の新しい学習指導要領は小学校では2020年度、中学校では2021年度から実施されています。味覚については中学2年生の技術・家庭編の家庭分野の教育内容に食生活があり、ここで4時間教えられています。その中で、味蕾で5つの基本味を感じていることを理解するようになっています。さらに以下のように書かれています。①炭水化物と脂質は,主として体内で燃焼してエネルギーになること、②たんぱく質は,主として筋肉,血液などの体を構成する成分となるだけでなく,エネルギー源としても利用されること、③無機質には,カルシウムや鉄などがあり,カルシウムは骨や歯の成分,鉄は血液の成分となるなどの働きと,体の調子を整える働きがあること、④ビタミンには,A,B1,B2,C,D などの種類があり,いずれも体の調子を整える働きがあること、⑤食物繊維は,消化されないが腸の調子を整え,健康の保持のために必要であること、⑥水は,五大栄養素には含まれないが,人の体の約 60%は水分で 構成されており,生命維持のために必要な成分であることにも触れるようにすることが示されています。なお、食品に含まれる栄養素の種類と量については,日本食品標準成分表に示されていることが分かるようにすることも書かれています。
5種類の基本味を持つ物質の代表例とそれぞれの果たす生理的な意義を表1に示します。おいしいものは食べやすく、多くの人が好みます。苦味を持つものは我々にとって好ましくない食品になることが多いので、食べにくくなっているのかもしれません。グループ実験も行われ、5つの基本味を味わうとともに、味を感じるしくみについても理解しようとするなど、私の時と比べてかなり高度なことを学習していることに驚きました。
基本味 | 物質例 | 生理的意義 |
---|---|---|
甘味 | ショ糖 | エネルギー源になる |
塩味 | 塩化ナトリウム | ミネラル源になる |
酸味 | 酢酸 | 発酵や腐敗に関係する |
苦味 | 硫酸キニーネ | 異物の存在を示す |
うま味 | グルタミン酸ナトリウム | たんぱく質に関係する |
私達が海苔を食べたとき、呈味成分はどのくらい含まれていればうまさを感じるのか、アミノ酸の濃度から考えてみます。海苔のおいしさについては、既にご承知のように遊離のアミノ酸含有量が多いこと、特にうま味のグルタミン酸と甘味のアラニンが多いことが重要と言われています。口に入れたとき、うま味が認識できる最低の濃度を刺激閾(略して閾値(いきち))といいますが、グルタミン酸は0.03%で、アラニンは0.06%です(二宮 1968)。一例として、上質の全形乾海苔(おおよそ 縦21cmx横19cm)ではグルタミン酸が1,330 mg、アラニンが1,750 mgの例が報告(野田1975)されています。この含量であれば、グルタミン酸とアラニン両アミノ酸の味は全形乾海苔の1/8の大きさ(8切1枚)で十分に感じることができます。さらに、タウリンが1,210 mgも含まれています(野田1975)。タウリンは魚介類に多く、その機能として浸透圧調節、抗酸化、抗炎症、カルシウム濃度の調節、脂質代謝、膜安定化作用などに関与しています(村上2015)。海苔にこれほど多くのタウリンが含まれていることには驚きます。タウリンには酸味があり、各種食品エキスに添加すると “こく” をだすと言われています(福家2003)が、海苔の味にどの程度関与しているか詳しいことは分かりません。乾海苔のグルタミン酸含量やアラニン含量は産地、養殖時期、養殖年度などで変動しますので、ノリ生産者は、上質で味も良い海苔を生産するために種付けから養殖方法、乾海苔製造に至るまで様々な工夫をしています。
舌の味蕾からの味のシグナルは図1に示すように、大脳味覚野を経由し、前頭連合野に届きます。これが味を感じる主経路ですが、味を感じる場所は舌以外にもあります。図2に示すように、味蕾は口の奥の軟口蓋、喉頭、胃にもそれぞれ舌の数パーセント存在し、前頭連合野へシグナルを送っています(村上 2015)。これらの他、腸内の粘膜にも味の受容体があり、味のシグナルは脊髄を通って最終的には前頭連合野に集まります(福士 2011)。食物を食べたときの味は大脳の中の味覚野に、匂いは嗅覚野に、色や形は視覚野に、触れた感覚は体性感覚野にそれぞれ送られます。これらの感覚は、最後には大脳の前頭連合野で統合されて、食べた物がおいしいかまずいか、好きか嫌いかなどの嗜好性が生じます。