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リレーエッセイ 2024・秋
焼海苔の色・湿気た海苔の色  1/2
はじめに

「のり」は日本の伝統的な海藻食品の一つである。生ノリをそのまま直接食べることもあるが、食品として流通している最も多い形態は、漁場で育った生ノリを収穫・細断・成形・乾燥した乾海苔(乾のり、ほしのり)またはそれを焼いた焼海苔(焼のり、やきのり)あるいはそれらに味を付けた味付海苔(味付のり、あじつけのり)である。

黒みをおびた乾のり(図1a)を焼くとのりは鮮やかな緑色~緑黄色を呈する(図1b)。現今では消費者が乾のりを小売店で買って直接自分で焼くことはほとんどなく、焼のりの形で売られているのが普通である。高品質の良いのり程鮮やかな焼き色が出ると言われる。

高品質の良いのりでも長期にわたって室内(常温)で保管すると湿気を吸って赤色~赤紫色に変色してしまうことが多い - いわゆる「湿気たのり」である(図1c)。このようになってしまうと、まったく美味しくないのりになってしまう。

a. 乾のり
a. 乾のり
b. 焼のり
b. 焼のり
c. 湿気たのり
c. 湿気たのり
図1 乾のリ,焼のり,湿気たのりの色の比較

前述のようなのりの色の変化にともなって何が起こっているのだろうか。色を調べる方法の一つとして、吸光曲線を比較する方法がある。これは分光光度計を使っていろんな波長の光を溶液に当てて吸光度を測定する方法であるが、溶液は透明な真溶液であることが望ましい。しかし、多くの生物試料は不透明なものが多いので生物試料の吸光度を直接測定するのは1960年代中頃までは困難であった。1960年代後半になって、サイドオン型に代わってエンドオン型の光電子増倍管が分光光度計に使われるようになり、不透明な試料についても吸光度の測定がかなり効率よく行えるようになった。このおかげで私が勤めていた大学では、大変高価ではあったが自記分光光度計が導入されて、ノリの色に関する研究が大きく進展することになった。*

まず、養殖場で育った生のノリ葉状体を広げて直接分光光度計で可視部吸光度を連続自記記録することが出来るようになったし、生ノリ葉状体をビニルシートの上に広げて乾燥し、その乾燥フィルムの吸光度を自記記録することや吸光度の経時変化を記録することが出来るようになった。さらに、ノリ葉状体の薄い試料だけでなく、乾のりのような厚い試料の吸光度も測定できるようになった。その結果、生のノリも、乾燥したフィルム状のノリも、乾のりのような厚い試料も色の特徴は吸光曲線に同じように表われることが確認できた。

焼のりの色の変化

スサビノリ葉状体の乾燥フィルムの可視部吸光曲線では、図2の実線で示すように5つのピーク(吸光極大)が見られる。最も左と最も右のピークは主にクロロフィルɑ(緑色)によるものであり、左から3番目のピークはフィコエリスリン(赤色)によるものであり、左から4番目のピークはフィコシアニン(青色)によるものである。これら色素の含量が多いほどこれらのピークは高くなる。このようなノリ葉状体フィルムを熱する(焼く)と図2の点線のように左から3番目のピークが明確に消える。すなわち、ノリ葉状体の乾燥フィルムを焼くことにより赤色のフィコエリスリンが変性(破壊)してクロロフィルɑの色が目立つようになるので葉状体は鮮やかな緑色を呈することになるのである。

図2 スサビノリ葉状体乾燥フィルムの可視部吸光曲線.焼く前(実線)と後(点線)の比較.横軸は波長(nm),縦軸は吸光度.
図2 スサビノリ葉状体乾燥フィルムの可視部吸光曲線.焼く前(実
線)と後(点線)の比較.横軸は波長(nm),縦軸は吸光度.

スサビノリから抽出したフィコエリスリンの水溶液の吸光度を測定すると図3の実線のような吸光曲線が得られる。この水溶液を熱すると赤い色が消えて点線のような吸光曲線が得られる。すなわち、フィコエリスリンは熱により破壊(変性)されることが分かる。

図3 スサビノリから抽出したフィコエリスリンの水溶液(実線)とそれを熱した時(点線)の吸光曲線の比較.横軸は波長(nm)、縦軸は吸光度.
図3 スサビノリから抽出したフィコエリスリンの水溶液(実線)とそれを熱
した時(点線)の吸光曲線の比較.横軸は波長(nm)、縦軸は吸光度.

1960年代中頃までは「乾のりを焼くとフィコエリスリン(赤色)がフィコシアニン(青色)に変化し、クロロフィルɑの緑色と相まって鮮やかな緑色を呈する」といわれ、水産化学のテキストにもこのような説明が記述されていた。しかし、図2の結果でも図3の結果でもフィコエリスリンは熱によって消えているものの、フィコシアニンが増加したことを示す兆候は認められず、この説明は間違いであることが分かる。

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