このようにコンブの未来を見据えた研究を進めるなかで、私は養殖されるコンブの原点にも関心を持つようになりました。
世界のなかで最も多く養殖されているコンブはマコンブです。その分類については昔から議論がなされ、現在も続いていますが、いわゆる“真昆布”として扱われているコンブは、我が国の出汁文化を語るうえで欠かせないものです。北海道沿岸で見られるコンブの多くは宮部金吾博士によって調べられ、学名が付けられていますが、マコンブに学名Laminaria japonicaを与えたのは日本人ではありません。宮部博士が北海道のコンブを調べる遥か前、1784年にCarl Peter Thunbergが日本から持ち帰りFucus saccharinusと報告したコンブについて、1851年にJohan Erhard AreschougがL. japonicaと名付けています。このコンブ、形態について記録されてはいますが、その標本(タイプ標本)がどこにあるのかわかりません。タイプ標本はその種の基準となる重要なものであり、私も形態的な疑問からぜひ調査してみたいと思っていました。しかし、「この標本はウプサラ大学のThunberg Herbariumに保存されていると言われているが、少なくとも日本の研究者でこれを確認したという話を聞かない(川嶋 2012)」とのことです。海藻に関する大著“日本海藻誌”のなかでも、本種のタイプ産地はJaponicaと書かれているものの、タイプ標本については空欄になっています。
そこで、「これを見つけて調べるぞ!」と2019年7月に意気揚々とウプサラ大学の進化博物館を訪れ、Thunberg標本庫やその他の標本庫を徹底的に調べました。しかし、標本庫で確認されたF. saccharinusの4つの標本についてはAreschoug が同定した個体の特徴とは大きく異なり(図3)、唯一のL. japonicaの標本は1879年にYezoで採集されたものでした。打ちひしがれる私の横で、キュレーターから発せられた言葉は、「もしかすると、ストックホルムの自然史博物館にあるかもしれません・・・」でした。

ようやく2026年3月に、望んでいた博物館訪問を果たす機会に恵まれました。「ここには2つのL. japonica標本がありますよ」と聞いてワクワクしながら標本庫に向かったのですが、それらは試験管に入った葉体断片のアルコール標本(図4)。それでも、もしかして-大きな藻体なのでさく葉標本にできないから断片の標本として残したのか-と思い、手に取った瞬間、試験管に貼られているラベルにKjellmanの文字が。採集者はAreschougの次世代の藻類学者Frans Reinhold Kjellmanでした。その後も一生懸命調べましたが、日本で採取されたコンブ標本はいくつか見つけられたものの、お目当ての標本は見つかりませんでした。標本は一体どこにあるのでしょうか。

所蔵されているLaminaria japonicaの標本(右)
学名に“japonica”が付き、献上昆布としても知られるこのコンブ、養殖の主役であり、歴史的な扱いからも日本人にとっては特別な存在です。その産地でコンブを研究する者にとって、宝探しの旅はこれからも続きます。
執筆者
四ツ倉 典滋(よつくら・のりしげ)
北海道大学教授、北海道大学北方生物圏フィールド科学センター忍路臨海実験所所長、
NPO法人北海道こんぶ研究会理事長、昆布の栄養機能研究会理事、水産学博士



