冬季に日本海沿岸を旅すると、寒風吹きすさぶ中を岩場で海水の飛沫を浴びながら腰に籠をつけた人が何かを採っている姿を見かけることがあります。岩の上に自生する海藻のノリを採っているのです。このようなノリは「岩ノリ」と呼ばれます(写真1)。岩ノリは紅藻アマノリ類の海藻で、天然の岩などに着生しているものを指します。分類学上では、オニアマノリ、スサビノリ、ウップルイノリ、マルバアサクサノリ、マルバアマノリ、イチマツノリなどが主なものです。天然の岩場だけでなく、ノリをよく生育させるために天然の岩場の凹凸に手を加えたりコンクリートを使ったりしてノリが着生しやすい平らな半人工的な岩場(「のり畑」と呼ばれる)を造成し、そこに着生するノリを採取しているところもあります。
多くのノリの生育期は秋の終わりころから翌年の春先までですから、岩ノリの採取は12月下旬から翌年3月下旬までの厳冬期を中心に行われます。岩ノリは干潮時に手カギなどを使って摘み取って集め、水洗いした後、素干し(ばら干し)にしたり、そのままあるいは細かく刻んで四角形の板状の乾海苔に仕上げたり、醤油などで煮込んで佃煮(瓶詰め)にして「岩のり」(「磯のり」という地域もあります)として市販されています。自家消費することも勿論です。お正月料理のお吸い物の具として、あるいはお餅やおにぎりに巻いて味わったことを懐かしく思い出す方々も少なくないでしょう。岩のりは天然の自生ノリを原料にしていますから、養殖ノリからつくられる通常の乾海苔に比べるとやや固い感がありますが、乾海苔をあぶった時の香りと風味は独特のものがあり、この独特の味や香りを珍重する人は少なくありません。
写真1. 岩場に自生する岩ノリ(山田信夫氏提供)
岩ノリの産地としては、日本海側の山形から島根にかけての各県の沿岸が昔からよく知られていますが、これらの県だけでなく北海道や本州太平洋側の沿岸の各地でも、また多くの島嶼の沿岸でも、岩場に自生するノリが採取されて「岩のり」として市販または自家消費されています。「岩のり」は天然のノリを用いた伝統的な産品で、特に日本海沿岸の各地では古くから地域を代表する土産品として珍重されてきました。それらの代表的なものは、島根県出雲市十六島(うっぷるい)の「十六島海苔」、島根県大田市(旧温泉津町)殿島の「殿島海苔」、兵庫県豊岡市(旧城崎郡瀬戸村)城崎温泉の「城崎海苔」などです。また、北陸地方の「雪海苔」なども古くから知られた例であり、岩場に密に生育したノリが干潮時に乾燥してパリパリになったものを剥ぎ取ってそのまま利用するものを“はぎのり”と呼ぶこともあります。