松島湾から色落ちしたアサクサノリの着生する網や、京都府のノリ漁場(日本海)から色落ちしたスサビノリの着生する網を東京に運び、栄養塩豊富な東京湾のノリ養殖場に移植して、色調の回復の経過を観察した。また、色落ちしたノリ葉状体を実験室内で栄養塩を添加した海水あるいは栄養塩を添加しない海水で培養し、色調の回復と光合成色素含量の変化を調べたりした。
ノリ網の移植試験では、移植後1~2日は顕著な変化は見られなかったが、その後の1週間には色調の急速な回復が見られ、さらにその後の1週間では回復速度は遅いものの色調は徐々に確実に回復し、移植後2週間ほどが経過すると色落ちしていないノリと変わりないくらいにまで色調が回復した(図2、図3-左)。また、室内培養実験では、栄養塩添加海水で培養したノリの色調はほぼ直線的に急速に回復したが、栄養塩無添加海水で培養したノリは色調の回復は認められず、むしろ色落ちの更なる進行が見られた(図3-右)。野外試験と室内実験のいずれでも栄養塩が利用できればノリの色調は正常なノリと変わらない程度まで回復するが、著しく色落ちしたノリ葉状体は色調が回復してもごわごわの硬いノリになってしまうことが明らかになった。こうしたことから、色落ちが著しく進行する前に何らかの形で栄養塩が利用できるように対策を講じることが肝要であると考えられる。
以上のような経過から、ノリの色落ちは光合成色素含量の減少によるものであることが明らかになったので、光合成色素の形成に関わると考えられる元素(窒素、リン、鉄、マンガン)について室内培養実験で検討を行なった。その結果、いずれの元素も色落ちに関係しているが、最も大きな影響を及ぼしているのは窒素とリンで、特に窒素欠乏の影響は最も大きく、鉄やマンガンの影響は軽微または殆んどなかった(写真2)。これらの元素すべてを欠く培養液中での培養では典型的な色落ちが生じたが、窒素とリンを欠く培養液中でもほぼ同じ程度の色落ちが認められた。従って、窒素やリンの欠乏が色落ちの主要な要因であると結論づけることができる。また、アンモニア態窒素と硝酸態窒素を用いた比較培養実験では、アンモニア態窒素の方が色落ち回復には速効性があることが明らかになった。
なお、色落ちしたノリ葉状体の顕微鏡観察により、細胞内の色素体はやせ細っており、微細構造を見るとでんぷん粒が沢山見られ、葉緑体のラメラ構造が不明瞭になっていることが明らかになっている(写真3)。このような葉状体を栄養塩添加海水で培養すると、色調の回復に伴ってでんぷん粒が徐々に見えなくなり微細構造も徐々に明瞭になってくることが明らかになった。こうしたことを上述の栄養塩添加による色調の回復(色素含量の回復)と併せて考えると、ノリの色落ちは、色落ち後も残っている光合成色素によって光合成が行われて炭水化物合成はある程度進み細胞分裂も行われるが、栄養塩不足のため光合成色素合成が著しく低下し、蛋白質合成が進まないような状態であると考えられる。