ノリは世界の重要な海藻食品の一つである。前回の「ノリの色彩いろいろI」で紹介したように色落ちノリの研究から始まった私のノリの色に関する研究の中で、特にノリの色素変異体に関する初期の研究(主として故三浦昭雄東京水産大学名誉教授との共同研究)について振り返ってみたい。
今から40年以上も前、色落ちノリ、焼海苔、湿気た海苔の色彩と色素について、自記分光光度計を使って吸光曲線を記録したり、色素含量を測定したりしてノリの色彩を比較していた頃に、故三浦昭雄先生から「千葉県のノリ生産者で“赤芽”と呼ぶノリを養殖している人がいる。ふつうのノリは“青芽”と呼んで区別している。“赤芽”と“青芽”はどう違うのかを科学的に明らかにしてみる気はないか。」という話があった。“赤芽”を使ってつくった乾海苔(ほしのり)は味が良いのに、共販入札に出しても良い値がつかない。“青芽”からの乾海苔に比べて少し赤みが強いからだという。共販入札で乾海苔を買いつける問屋さんたちは、赤みがかった乾海苔を伝統的に嫌う傾向が強い。これは、乾海苔が湿気ると赤みを帯びてくるので、このことと関わりがあるものと思われる。
まずは、“赤芽”のノリと“青芽”のノリが本当に違うのか、肉眼で見て違いが本当にわかるのか、海苔漁場の環境条件の違いによって色彩の違いが生じている可能性はないか、などを確かめる必要があると考え、ノリ養殖の現場を見せてもらうことにした。三浦先生と一緒に千葉県富津のノリ生産者高橋一博さんを訪ねた。高橋さんのところでは、“赤芽”と“青芽”のノリを分離してそれぞれの糸状体を育て、別々にタネ付けしてタネ網を作り、ノリを養殖していた。同じ時期に同じ海(養殖場)で育てた“赤芽”と“青芽”のノリを並べてみると、ノリ葉状体の色彩が明確に違うことがわかった(写真1)。
“赤芽”と“青芽”の葉状体を研究室に持ち帰って自記分光光度計で可視部吸光曲線を記録してみると、微妙ではあるが明確な違いがあることがわかってきた。生のノリ葉状体を見ると、同一個体であっても葉状体の先端部と中央部と基部では微妙に色合いが違っている。“赤芽”のノリでも“青芽”のノリでも、先端部や中央部に比べて基部は色が薄めでやや緑がかっているのが一般的である。このような同一葉状体の部位による色調の違いにもかかわらず、可視部吸光曲線に現れた“赤芽”と“青芽”の違いは、変わることなく確実に存在することが確認できた。また、その後数回にわたってノリ養殖場から採集した1000個体を超える葉状体について同じように調べてみると、“赤芽”と“青芽”で一つの例外もなく同様の違いが確認でき、“赤芽”と“青芽”の違いは確かに存在することの確信をえた。その違い(特徴)については、その後に作り出された緑色のノリと黄色のノリの特徴と共に後ほどまとめて示すことにする。