図1は、同一条件下で(同一漁場で同一時期に)養殖したスサビノリの野生型、赤色型、緑色型、黄色型の生の葉状体の可視部吸光曲線を比較したものである。いずれの吸光曲線でも明らかな5つの吸収帯が見られる。短波長側(左)から順に、第1、第2、第3、第4、第5の吸収帯と呼ぶことにする。赤色型(R)では、第3吸収帯が野生型(W)と明瞭に違ってふた山になっており、第4吸収帯の吸光度は野生型より明確に低く、吸光極大がわずか(2~3 nm)ではあるが長波長側(右側)に明確にずれている。緑色型(G)では、野生型と比べて第3吸収帯の吸光度は明確に低いが、第4吸収帯の吸光度は野生型とほぼ同じである。黄色型(Y)では、第3吸収帯は赤色型と同様のパターンでふた山となり吸光度は野生型や赤色型より明確に低く、第4吸収帯の吸光度は緑色型と同様に野生型より明確に低く、吸光極大は赤色型と同様に長波長側に2~3 nmずれている。すなわち、黄色型は赤色型と緑色型それぞれの特徴の一部を受け継いでおり、両者の中間的な特徴を示していると考えられる。
スサビノリ葉状体の可視部吸光曲線に見られる5つの吸収帯とノリに含まれる主要な光合成色素との関係を大まかに対応させてみると、第1吸収帯は主としてクロロフィルαとカロテノイド、第2吸収帯は主としてカロテノイドとフィコエリスリン、第3吸収帯は主としてフィコエリスリン、第4吸収帯は主としてフィコシアニン、第5吸収帯は主としてクロロフィルαによるものである。従って、上に述べたような図1に見られる特徴と光合成色素定量の結果から、野生型、赤色型、緑色型のクロロフィルα含量はほとんど変わらないが、赤色型はフィコエリスリン(紅色)の含量が高く、フィコシアニン(青色)の含量が低いため、赤味が強調された色彩を呈し、緑色型はフィコエリスリン(紅色)の含量が著しく低いためにクロロフィルの緑色が強調されて緑藻かと思われるような緑色を呈すると判断される。また、赤色型と黄色型の第3吸収帯で見られ二つの吸光極大や第4吸収帯に見られる吸光極大のずれは、野生型や緑色型とは何らかの違い(生体内での構造的違い?)があるフィコビリ蛋白をもつことを示唆していると思われる。
同一条件下で室内培養したスサビノリの野生型、赤色型、緑色型、黄色型の生葉状体についても、図1に示したものと全く同様の特徴をもつ可視部吸光曲線が得られている。また、それぞれの色彩型について得られている純系のフリー糸状体を同一条件下で室内培養したものについても生の状態で可視部吸光曲線を比較した結果、葉状体の場合と全く同じ特徴を示すことが明らかになっている(図2)。
このような特徴をもつ色素変異体を用いて、色彩をマーカーにした交雑実験を通じてスサビノリにおける遺伝に関する研究が大いに進展した。これは世界的にも遅れている海藻の遺伝学分野において、日本が世界に誇ることのできる立派な成果であるということができる。このようなノリの遺伝に関する先導的な研究に続いて、日本だけでなく中国や韓国においても遺伝学的研究やそれを基礎にした育種学的研究が行われて、多くの成果が報告されるようになった。また、このような研究の中で、ノリについて上記のような変異体のほかに沢山の変異体が見出されている。ノリのキメラ葉状体もその後いろんなパターンのものが野外あるいはノリ養殖場で見出されたり、交雑実験の結果新しく作り出されたりしている(写真4)。
赤色型(“赤芽”)のノリはクロロフィル含量も高く、これで作った乾海苔は焼海苔にすると鮮やかな緑色となり大変美味しいので、単に赤みが強いから嫌うのではなく大いに活用してもらいたいと思う。緑色型のスサビノリはすでに「スサビ緑芽」として品種登録されており、アサクサノリでも品種「おおばグリーン」がよく知られている。色彩とそれに伴う特性を知って有効活用されることが望まれる。
執筆者
有賀 祐勝(あるが・ゆうしょう)
一般財団法人海苔増殖振興会副会長、浅海増殖研究中央協議会会長、公益財団法人自然保護助成基金理事長、東京水産大学名誉教授、理学博士