三重大学に赴任するにあたり、それまでの魚のヘモグロビンやミオグロビンから、三重でしかできない新たな研究テーマに挑戦しようと考えていました。一番の理由は、三重大学の立地条件にありました。大学は伊勢湾に接し、キャンパスからそのまま海岸に出られます。ここは冬には海苔の養殖場になり、沖まで見渡す限り浮き流し式の養殖網が続きます。海苔だけでなく、いろいろな海藻にも恵まれた地域性を生かすことが武器になると判断し、食用海藻の化学成分の分析や、これら成分のヒトに対する健康上の機能を研究することにしました。二番目の理由は、東京時代の研究は完全な基礎研究であったために、このテーマを続けても地方の大学では研究費の確保に苦しむであろうと予想したことです。第三の理由は、他人の後を追う研究は嫌いであり、どうせするなら誰もしていないことに挑戦したいという自分の性格です。海藻の機能性を研究する人はほとんどいない時代に、新しい研究テーマに挑戦するのですから、10年間は成果が出ないかもしれないという不安と、10年後に出るかもしれないという成果への期待が交錯する出発でした。ともかく、海苔養殖を一から勉強しなければなりませんので、地元漁協の組合長さんにお願いし、養殖、摘採(収穫)、一次加工の作業を実習させてもらいました。水産試験場では海苔糸状体や葉体の室内培養を教えてもらいました。
こうして海苔の勉強をしているうちに、海苔以外のいろいろな海藻を扱う機会も増えました。以来、今日までに手がけた具体的な研究テーマは、海苔の製造や加工工程、貯蔵中の成分変化の研究から、各種海藻を用いたがん予防、食後血糖値の上昇抑制、高脂血症の予防、高血圧の予防、糖尿病合併症予防、血液凝固防止など多岐にわたりましたが、それぞれのテーマにおいて海藻の有効性が確かめられました。日本人に最もなじみの深い海苔の機能性については、血圧の低下効果、血液中の中性脂肪低下効果、悪玉のコレステロールであるLDLコレステロールを減らし、且つ、善玉のコレステロールであるHDLコレステロールを増やす効果が確かめられました。また、抗腫瘍効果も確認されました。いずれもヒトの細胞や動物を用いた実験結果ですが、海藻には想像していた以上の様々な効果がありました。