産地情報 | 産地リポート
【平成23年7月26日掲載】
のり養殖の始まり
毎年10月から翌年の4月まで、約7ヶ月にわたってのり養殖は行われます。のりは水温が低い時に生長しますから、10月初めにのり網に種付けをする作業が行われます。
まず、のりの種はどうして取るのか?という疑問もお持ちでしょうから、ごく簡単に説明しましょう。ご存知の通り、のりは海藻で、細長い葉っぱのように生長します。寒い冬の間は一所懸命に生長して大人になって行きます。
実は、のりは雌雄同体(しゆうどうたい)でして、春先になるとのりは葉先に果胞子(かほうし)と呼ばれる子供を作ります。この子供は、春が過ぎる頃になると、葉先から飛び出して、独立するわけですが、独立して生長するために都合の良い場所が、貝殻の石灰質の中だったのです。このことを発見したのは、イギリスのマンチェスター大学海藻学者、キャサリン・メアリー・ドゥルー・ベーカー女史(Dr.Kathleen Mary Drew Baker・1901年~1957年)でした。1947年(昭和22年)のことです。ウエールズ地方の海岸を歩いている時、貝殻が黒くなっているのを見つけ、持ち帰り調べたところ、糸状の藻類菌が繁殖していることを発見、研究を重ねて調べたところ、のりの胞子(細胞)が貝殻の石灰質の中で糸状に芽を張り巡らせて繁殖、生長して、やがて海中に放出されることが解かりました。のりが糸状に繁殖する状態を見て糸状体(しじょうたい/コンコセリス)と命名されたそうです。
この発見以前は、のりの胞子は、海底の岩場に根付くか海中を浮遊して夏場を過ごし、秋口に生長すると考えられ、秋口から沿岸の干潟に粗朶(そだ/木の枝を枯らして葉を落したもの)や竹ひび(竹の枝を枯らして葉を落したもの)を建てこんで、自然にのりが付き、生長したものを摘み取る方法を取っていましたが、ドゥルー女史の発見でのりのライフサイクル(生活環)が解かり、春先にのりの胞子を牡蠣(かき)ガラに植え付け、夏場に温度管理をしながら糸状体の繁殖を促進させて、その牡蠣ガラを海水を入れた水槽に並べたり、牡蠣ガラをビニール袋に入れてのり網にぶら下げたりして養殖する今日の種取(採苗/さいびょう)の方法を考え、人工的にのりを養殖する方法が作り出されたのです。
ドゥルー女史の研究結果は、1955年(昭和29年)、熊本県水産試験場鏡分場の技師太田扶桑男氏が人工的にのりの胞子(種子)を牡蠣ガラに植え付けて養殖し、のり網に附着させる採苗技術を開発し、ドゥルー女史の研究成果を実証して普及したのが、日本の今日ののり人工養殖の道を開く大きな成果につながった訳で、日本のり養殖発展の恩人でもあります。その功績を称えた顕彰碑が、熊本県宇土市(うとし)の住吉町という有明海が見渡せる丘の上に建立されています。